クライブ・ブラウンとペーター・ハウシルトの校訂による新ベートーベン交響曲全集に取り組んでいたブライトコプフから、第九のUrtextが今月出版されて、これで第1番~第9番が全部揃った。ベーレンライターの大変上手なビジネスもあって最近はデル・マー校訂版一色という感じだったが、ようやく老舗の体制も整い、ベートーベン交響曲の楽譜も新しい選択の時代を迎えるかな。

新版第九の校訂はペーター・ハウシルトが担当。スタディスコアはまだ発売準備中ということなので手元でじっくり検討できないのだが、指揮者用大型スコアを数分間眺めたところでは、ベーレンライター版で話題になった部分のいくつかで異なる解釈が示されたりしている:

  • 第1楽章の第2主題で、FlとObの裏の音(81小節目)は自筆譜ファクシミリを見ると、はっきりとDになっている。ベーレンライター版ではDにされたわけだが、新ブライトコプフは従来通りのB♭を採用している(デル・マーの校訂報告にあるようにここはオリジナル資料は全てD)。校訂ノートをちらりと見たところ、ノッテボームなどを持ち出して論証しているようだが、ドイツ語でゆっくり読めなかったので、詳細な根拠は未確認。

  • 第4楽章のvor Gottのフェルマータ(330小節目)はディミヌエンドあり。しかも、ティンパニだけではなく、オーケストラ全体につけられていた。これは、自筆譜にはディミヌエンドがなく、印刷底本ではティンパニのみ、いくつかの筆写譜では様々なパートにディミヌエンドがつけられているというもので、岩城宏之が『楽譜の風景』で取り上げたことでも知られる。ちなみに旧版はティンパニのみ、ベーレンライターはディミヌエンドなし。

  • それに続くalla marciaの部分のメトロノーム指定は、ベーレンライター版で付点二分音符=84とされたが、旧版の通り付点四分音符を基準としている。ここも、あとで校訂報告を読み比べてみたいところだ。

両校訂版で見解が一致しているところもちろんあり、たとえば第4楽章538小節目あたりのホルンの扱いは、ベーレンライター版と同じくタイが加えられている。自筆譜ファクシミリには、はっきりとタイが記されている。

こうした異同は、調べれば他にもいろいろ出てくるだろうけれども、とりあえず速報ということで。

いずれにしてもこれらの校訂版は、矛盾がある複数の資料から校訂者がもっとも合理的(あるいは作曲家が考えていたことに近い)と判断したものをまとめて編集された楽譜であって、どれも絶対ということはない。これは出発点であり、楽譜に盛り込まれたヒントをもとに校訂報告を参照したり時代様式の知識を適用したりしながら、ベートーベンの残した「音楽」を音にして表現していくのが演奏者の役割だ。だから、○○版による演奏という宣伝や、△△版を使っているのにその楽譜通りではないといった批判は、あまり本質的ではないということはお忘れなく。

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