カルミナ・ブラーナ ― 中世写本の詩歌集から

中世の詩歌集「カルミナ・ブラーナ」について調べたことのまとめと、カール・オルフ作曲のカルミナ・ブラーナで用いられた全詩を含む対訳および訳注です(配列は歌集順で、オルフでの曲順とは異なります)。

カルミナ・ブラーナの概要

1803年、ドイツ・ミュンヘン南郊のベネディクトボイエルン修道院ボイレンではないの図書室で、250編におよぶ詩を筆写した羊皮紙の冊子本が見つかりました。作品は11~13世紀に作られたもので、大半は中世ラテン語であるものの、中高ドイツ語、古フランス語などのものも含まれています。 作者のほとんどは学識のある世俗聖職者やゴリアルド(ゴリアール、遍歴学生)だと考えられ、教訓から酒、自然と愛、宗教劇といった分野の題材を、硬軟織り交ぜて表現した歌の集まりです。いくつかの詩には、ネウマと呼ばれる歌の抑揚を示す記号が付されています。

シュメラー版の第1頁

112葉からなる修道院写本(以下Br写本)はヴィッテルスバッハ宮廷図書館(現在のバイエルン州立図書館)に収蔵され、部分的な出版は行なわれたものの、全体の出版は文献学者にして同図書館手稿部門を管轄する立場にあったシュメラー(Johann Andreas Schmeller)によるカルミナ・ブラーナ(Carmina Burana)[1]の刊行(1847年)を待たねばなりませんでした。シュメラーは作品に写本順の通し番号を付与した上で、"Seria"(真面目)と"Amatoria, Potatoria, Lusoria"(愛、酒、遊び)の2部に分けて配置し、前者はローマ数字、後者はアラビア数字としています。シュメラー自身が指摘するとおり、写本テキストには不正確と思われる箇所があり、また羊皮紙が冊子本にまとめられるときに順序が入れ替わったり欠落したりと、作品の姿を適切に再現するには十分とはいえない部分がありました。

その後メイヤー(Wilhelm Meyer)による追加断片7葉を含む研究書Fragmenta Buranaの出版(1901)を経て、1930年からヒルカ(Alfons Hilka)とシューマン(Otto Schumann)による批判校訂版の出版が始まります。これらの仕事は同じ詩の別写本との比較[2]によってBr写本の不備を補い、校訂版では作品配列の順序や構成も変更しました。現在CB番号として参照されるのは、通常この校訂版のものです。

以下で紹介するのは、シュメラーの初版から選んだいくつかの詩とその試訳および訳注です。各見出し冒頭の数字は「S.シュメラー版番号/CB.批判校訂版番号」を表し、他の箇所でも両版の番号は接頭辞S.およびCB.で区別します。また「恋、酒、遊び」の途中でSequuntur potatoria et lusoria(以下酒と遊び)という見出しがあるので、セクションを「恋の歌」と「酒、遊びの歌」に分けています。なお、訳注ではシュメラー版を[SC]、校訂版を[HS]、オルフのショット社版スコアを[SS]、オルフ自筆譜を[ORF]と略記します。

真面目編

シュメラーは、詩にBr写本冊子の順に番号を与えたうえで、格言詩、風刺詩など「真面目」なものをローマ数字で表して前半に置き、「恋、酒、遊び」をアラビア数字で表して後半に置きました。まずS.IS.XXX(CB.は概ね17~54)が真面目編の冒頭を飾ります。

S.I/CB.17. O Fortuna, velut luna

シュメラーの「カルミナ・ブラーナ」冒頭には、概要で示した図のようにBr写本のフォルトゥーナ挿画[3]のスケッチが掲げられており、その直後に置かれている詩です。校訂版に至る研究で冊子の順序が入れ替わっていた[4]ことが示されてS.LXVIがCB.1として先頭に置かれ、このS.IはCB.番号が示すように17番目になっています。

S.I/CB.17
O Fortuna,おぉフォルトゥーナ
velut lunaあたかも月のような
statu variabilis,ありさまは変わりやすく、
semper crescis常に満ち行き
aut decrescis;あるいは欠け行き
vita detestabilis生きざまは忌まわしく
nunc obdurat今は無情にする
et tunc curatまたこんどは癒やしている
ludo mentis aciem,戯れに、精神のまなざしに対して、
egestatem,貧困さえ、
potestatem権力さえ
dissolvit ut glaciem.溶かしてしまう、氷のようにして。
Sors immanis運命、怖ろしい
et inanis,そして虚しい、
rota tu volubilis,車輪、おまえは回り、
status malus,ありさまは邪悪で、
vana salus空っぽの救いで
semper dissolubilis,常に容易に溶け去り、
obumbrata陰にかくれて
et velataそしてベールに包まれて
michi quoque niteris;私にもまたのしかかり;
nunc per ludum今は戯れで
dorsum nudum背中を裸で
fero tui sceleris.差し出そう、おまえの悪行にあたり。
Sors salutis運命、救いの
et virtutisそして美徳の
michi nunc contraria私に今や背を向ける
est affectus高揚は
et defectusそして失意は
semper in angaria.常にそれに隷従させられる。
Hac in horaここで、この時に
sine mora遅れることなしに
corde pulsum tangite;弦を響かせて弾け;
quod per sortemこのことを、運命によって
sternit fortem,打ち倒すことを、強者とて、
mecum omnes plangite.私とともにすべてのものが嘆け。
  • Fortuna : Fortuna(f, 運命の女神フォルトゥーナ)の単数主格/呼格
  • velut : 副詞=~のように、~に似て
    luna : lūna(f, 月)の単数主格
  • statu : status(m, 様子、状態、位置)の単数奪格 < stō(立っている)
    variabilis : variabilis(adj, 可変の、変わりやすい)の女性単数主格
    変わりやすい状態で
  • semper : 副詞=いつも
    crescis : cresco(生まれる、見えるようになる、大きくなる)の三人称単数現在→crescendo
  • aut : 接続詞=または
    decrescis : decresco(減じる、ちいさくなる)の三人称単数現在→decrescendo
    行末に[SC]も[HS]も、Br写本にはないセミコロンを加えている。通常は[SC]の句読点を尊重しているが、ここのみセミコロンがないものとして訳した。次行注参照。
  • vita : vitā(f, 生命、生き方)の単数主格
    detestabilis : dētestābilis(adj, 忌まわしい)の女性単数主格
    vitaの捉え方は案外難しい。連のまとまり/韻として3行目と対応しているので、同様に訳せば、フォルトゥーナについて「その生きざまは忌まわしい」。だが、[SC]も[HS]もこの前に(Br写本にはない)セミコロンを加えている。つまりフォルトゥーナの形容はその前までで一区切りし、以下は(フォルトゥーナ=運命に支配される人間の)「忌まわしい生」を主語と捉える意図と読める。というわけで後者の訳も少なくないのだが、やはり連のまとまりからも節末の「溶かしてしまう」の主語という観点からも、ここは「生きざま」を採用したい。ちなみに[永野]も「憎むべき生き方よ」。
  • nunc : 副詞=今、この時
    obdurat : obduro(無慈悲にする、耐える、固執する)の三人称単数
  • tunc : 副詞=あの時、ちょうどその時
    curat : cūrō(癒やす、治す、ケアする)の三人称単数現在
  • ludo : lūdus(m, 遊び、学校、ゲーム)の単数奪格;lūdō(遊ぶ、ふざける、欺く)の一人称単数現在
    mentis : mēns(f, 心、理性、精神)の単数属格
    aciem : aciēs(f, 尖端、洞察力、戦い)の単数対格
    "acies mentis"は、人間の能力の最上位にあたる、真理(プラトン的イデア)を直観する知性(νους ヌース)すなわち「精神の目」(oculus mentis)を意味する言葉として、アウグスティヌスなどが用いた。mentis aciemはその対格。ここで認識論の用語は唐突で韻のために持ってきただけとも言われるが、学問をしても(あるいはアウグスティヌスの言うように信仰の力で精神の目を育んでも)所詮運命に翻弄されるというインテリ学僧の声と考えればいかにもカルミナ・ブラーナらしい。連全体としては「人間がせっせと知性を磨いても(フォルトゥーナは)それに対して、気まぐれに、無慈悲だったり優しかったりと翻弄する」という感じか。
  • egestatem : egestās(f, 必要、貧困)の単数対格
  • potestatem : potestās(f, 力、権威)の単数対格
  • dissolvit : dissolvō(破壊する、分離する、終わらせる)の三人称単数現在
    ut : 副詞=すぐに、そこで、ちょうど~のように/接続詞=~となるよう
    glaciem : glaciēs(f, 氷)の単数対格
  • Sors : sors(f, 運命、定め)の単数主格
    immanis : inmānis(adj, 巨大な、おそろしい)の女性単数主格
  • inanis : inānis(adj, 虚しい、空洞の)の女性単数主格
  • rota : rota(f, 輪、車)の単数主格
    volubilis : volūbilis(adj, 回っている、速い)の女性単数主格
  • status : status(m, 様子、状態、位置)の単数主格
    malus : malus(adj, 邪悪な、醜い)の男性単数主格
  • vana : vānus(adj, 空の、些細な)の女性単数主格
    salus : salūs(f, 安全、健康、救い)の単数主格。キリスト教文脈だと救済(たとえばクレドのet propter nostram salutem)。「真面目」編の他の詩に出てくる例を見ると(少なくとも間接的には)救いという意味合いを持つので、ここもその方向か。
  • dissolubilis : dissolūbilis(adj, 溶融性の)の女性単数主格
  • obumbrata : obumbrātus(adj, 影の薄い、おぼろげな)の女性単数主格 < umbra(影)。[HS]はobumbratam(Br写本も同じ)だが、ここが対格では修飾先がなく、校訂報告もここからの3行は「明らかにおかしい」としている。[FKB]はobumbrataに訂正。
  • velata : vēlātus(adj, 包まれている、隠されている)の女性単数主格。[HS]はvelatam(Br写本も同じ)。[FKB]はvelataに訂正。ヴェール(英veil、仏voile)もここから。
  • michi : ego(私)の与格mihi(私に)の中世ラテン語
    quoque : 副詞=~もまた
    niteris : nītor(もたれかかる、登る、押し出す)の二人称単数現在
  • per : 前置詞=~から、によって。対格支配
    ludum : lūdus(m, 遊び、楽しみ、余暇)の単数対格
  • dorsum : dorsum(n, 背中)の単数対格
    nudum : nūdus(adj, 裸の)の中性単数対格
    貧困を意味するという[丑田1985, p.152]
  • fero : 動詞ferō
    tui : (おまえ、あなた)の単数属格
    sceleris : scelus(n, 犯罪、悪党)の単数属格。ここが属格なので、per ludum tui sceleris(おまえの悪行の遊びのために)ということか
  • salutis : salūs(f, 安全、健康、救い)の単数属格
  • virtutis : salūs(f, 勇気、勇ましさ、美徳)の単数属格
  • contraria : contrārius(adj, 反している)の女性単数奪格
  • est : sum(である)の三人称単数現在
    affectus : affectus(m, 感情、愛情、情熱)の単数主格 < afficio < ad(~に向かって)+facio(作る、動作する)。心が前の方に大きく動かされることなので、影響であったり感動であったり悲しみであったりもする。
  • defectus : dēfectus(m, 失敗、弱点、嫌悪、放棄)の単数主格 < deficio < de(~から離れて)+facio(作る、動作する)
  • angaria : angaria(f, 苦役、農奴、主人への奉仕)の単数奪格。in+奪格で~の中に、下に
    高揚させられるも凹まされるも運命という主人に奉公させられ命じられるがまま。
  • hac : 副詞=こうして、ここに
    hora : hōra(f, 時)の単数奪格
  • sine : 前置詞=~なしに。奪格支配
    mora : mora(f, 遅れ)の奪格morā
  • corde : corda(f, 弦、chorda)の複数主格/単数与格cordae、もしくはcor(n, 心)の単数奪格?[SC]=Br写本ではcordis(corの単数属格)だが、[HS](corde)の注では「意味をなさない」とされ、[SS]でもcorde。
    pulsum : pulsus(n, 振動、ビート)の単数対格 < pellō(押す、打つ、はじく)
    tangite : tangō(触れる、つかむ、至る、成就する)の二人称複数現在命令法。
    直訳すると「弦に振動をもたらせ」。[HS]の注は"cordam tangite"を韻文として引き伸ばしたものだろうとしている。
  • quod : 副詞=そこにおいて、接続詞=なぜならば/それを(関係代名詞)
    sortem : sors(f, 運命、定め、籤)の単数対格
  • sternit : sternō(広がる、打ちのめす)の三人称単数現在
    fortem : fortis(adj, 強い)の女性対格の名詞化=強者を
  • mecum : 副詞mēcum=私とともに。mē(egoの奪格)+cum(とともに)
    omnes : omnis(adj, 全ての)の男女性複数主格(/対格)の名詞化
    plangite : plangō(打つ、嘆く)の二人称複数現在命令法。
    行末に[HS]は感嘆符を置いているが[SC]はピリオド、Br写本は汚れて読み取れず。[SS]は[HS]にならって感嘆符を加えているが、[ORF]にはない。

3行連の1、2行目が脚韻を踏み、さらに偶数連と奇数連の末尾も韻を踏む構成(aabccbddeffe)になっています。

Br写本の1葉目表には、フォルトゥーナの挿画のすぐ下にS.IIの前半が書かれ、その下にこのS.Iがあります。オルフでは第1曲第25曲です。

シュメラー版の最初の方は、S.XVIIa(CB.40)あたりまでは《万人の救いに努めよ》とか《お前の心に帰れ》といった格言や教訓、警告の内容で、確かに「真面目」です。ペトルス・フォン・ブロワなど、作者が示されている作品もいくつかあります。S.V(CB.23)に少し《境界のお偉方の悪徳》という感じの風刺がみられますがS.XVIIIS.XXIa(CB.41~45)は聖職者への風刺が続きます。S.XXIIS.XXIX(CB.46~53)は十字軍やエジプト遠征などの歴史的という感じの主題。S.XXX(CB.54、55)は悪魔祓いの呪文です。

S.LXXVIa/CB.18. O Fortuna levis

S.31S.63は「恋、酒、遊び」に置かれたのでS.XXXの次はS.LXIVと飛んでいます(上に示したように批判校訂版では順序が改められ、別資料とS.LXVIから再構築した詩をCB.1とし、以降S.LXVIaがCB.2...となっています)。格言や風刺詩が中心で、S.LXVIIIa(CB.5)のように2行対の各単語がそれぞれ対応付けられているという凝ったものもあります。S.LXXV(CB.14)から運命=フォルトゥーナが出てきて、この詩に至ります。

S.LXXVIa/CB.18
O Fortuna levis, cuivis das omnia quevis,おぉフォルトゥーナよ軽率な、全ての者に何でも与えて、
et cuivis quevis auferet hora brevis.そして何でも取り去るだろう、わずかの時間において。
Passibus ambiguis Fortuna volubilis errat,歩みがおぼつかないフォルトゥーナは回る、さまよいつつ、
et manet in nullo certa tenaxque loco;そしてとどまることがない、確かなところに;
sed modo leta manet, modo vultus sumit acerbos,あるときは楽しそうにするが、あるときは顔がけわしく、
et tantum constans in levitate manet.そしてまったくいつも気まぐれでいる。
Dat Fortuna bonum, sed non durabile donum,フォルトゥーナは良い物を与える、しかし長続きしない贈りものを、
extollens pronum facit et de rege colonum.倒れたものを助け起こし、そして王にする、農民を。
Quos vult sors ditat, quos non vult, sub pede tritat.運命を望む者を金持ちにし、望まない者を、足元に踏みつける。
Qui petit alta nimis, retro lapsus ponitur imis.求めがあまりに高い者は、後ろ向きに転落させられ最低へ。
  • levis : levis(adj, 軽い、素早い)の男性/女性主格
    cuivis : quivis(誰でも、何でも)の別綴。[HS]ではcui vis
    das : (与える)の二人称単数現在(三人称単数のdat?)
    omnia : omnia(n, 全てのもの)の複数対格。[HS]ではmunera=中性名詞mūnus(サービス、義務、贈り物)の複数対格。本当は与格?
    quevis : quivis(誰でも、何でも)の複数対格(quae vis)。[HS]ではque vis
  • auferet : auferō(取り去る)の三人称単数未来
    hora : hōra(f, 時)の単数奪格
    brevis : brevis(adj, 小さい、短い)の男性/女性単数主格
  • passibus : passus(m, ステップ、歩み)の複数与格/奪格
    ambiguis : ambiguus(adj, 変わりやすい、曖昧な)の複数与格/奪格
    errat : errō(道に迷う、さまよう)の三人称単数現在
  • manet : maneō(とどまる)の三人称単数現在
    nullo : nūllus(adj, 無い、誰もない)の男性/中性単数奪格
    certa : certus(adj, しっかりした、固定された)の女性単数奪格(男性?)
    tenaxque : tenāx(adj, ぴったりした)の男性単数主格+que
    loco : locus(m, 場所)の単数与格/奪格
  • modo : 副詞=~だけ、ただ今は
    leta :
    vultus : vultus(m, 表現、顔)の単数主格
    sumit : sūmō(取る、選ぶ、使う)の三人称単数現在
    acerbos : acerbus(adj, 刺々しい、苦い)の男性複数対格(名詞用法)
    Br写本ではこの行と次の行が8~9行目に置かれているが、[SC]も[HS]もこの位置。
  • tantum : 副詞=非常に多く
    constans : constans(adj, 変わらない、しっかりした)の単数主格
    levitate : levitās(f, 軽率、きまぐれ)の単数奪格
  • dat : (与える)の三人称単数現在
    bonum : bonus(m, 良い物、勇気、健康)の単数対格
    durabile : dūrābilis(adj, 長持ちする、永続する)の中性単数対格
    donum : dōnum(n, 贈り物)の単数主格/対格
  • extollens : extollō(高める)の現在分詞。[HS]ではattollit
    pronum : prōnus(adj, 前を向ける、傾く、身をかがめる)の中性単数主格/男性・中性単数対格の名詞用法
    facit : faciō(する、つくる)の三人称単数現在。[HS]では次のetと合わせてfaciens
    rege : rēx(m, 王)の単数奪格
    colonum : colōnus(m, 農民)の単数対格
  • quos : quī(誰、何)の男性複数対格
    vult : volō(望む)の三人称単数現在
    ditat : dītō(豊かにする、金持ちにする)の三人称単数現在
    pede : pēs(m, 足)の単数奪格
    tritat : terō(傷つける、こすりつける)の完了受動分詞(?)
  • petit : petō(求める、要求する)の三人称単数現在
    alta : altus(adj, 高い、深い)の
    nimis : 副詞=あまりに、過剰に
    retro : 副詞=後ろの
    lapsus : lāpsus(m, 転落)の複数対格(単数/複数主格)
    ponitur : pōnō(置く)の
    imis : īnferus(adj, 低い)の最上級複数与格/奪格(名詞用法)

Br写本第48葉裏の中ほどに置かれた詩です。オルフでは用いられていません。

S.LXXVII/CB.16. Fortune plango vulnera

続けて、フォルトゥーナの「運命の車輪」の詩です。校訂版ではこちらがS.IS.LXXVIaよりも前に置かれており、より印象が強いかもしれません。

S.LXXVII/CB.16
Fortune plango vulneraフォルトゥーナからのを嘆く、傷を
stillantibus ocellis,こぼれ出るもので、目から、
quod sua michi muneraなぜなら彼女から私への贈り物を
subtrahit rebellis.持ち去るから、反逆者さながら。
Verum est, quod legitur真実なのだ、読まれることは
fronte capillata,正面には髪が生えている、
sed plerumque sequiturしかし大部分の後に続くところは
Occasio calvata.機会の神なのだ、禿げている。
In Fortune solioフォルトゥーナの玉座に
sederam elatus,座って誇らしげだった、
prosperitatis vario繁栄の色とりどりに
flore coronatus;花で冠と飾られていた;
quicquid enim floruiそれほどまさに花咲いて
felix et beatus,幸せで栄えていた、
nunc a summo corrui今は最高から転落して
gloria privatus.栄光は奪い取られた。
Fortune rota volvitur:フォルトゥーナの車は回される:
descendo minoratus;私は降りて小さくなって;
alter in altum tollitur他の者が高みに持ち上げられる
nimis exaltatusあまりにも高められて
rex sedet in vertice王は座す、頂点に
caveat ruinam!注意するがいい、破滅を!
nam sub axe legimusなぜなら車輪の下に我らは読みとる
Hecubam reginam.ヘカベ、あの王妃を。
  • Fortune : Fortuna(f, 運命の女神フォルトゥーナ)の単数属格/与格fortunaeの別綴
    plango : plangō(打つ、嘆く)の一人称単数現在
    vulnera : vulnus(n, 傷)の複数対格
  • stillantibus : stillāns(m, 滴下、落下)の複数奪格
    ocellis : ocellus(m, 目)の複数対格奪格
  • sua : suus(彼、彼女)の女性奪格suā
    munera : mūnus(n, 奉仕、義務、贈り物)の単数対格
  • subtrahit : subtrahō(引っ張る、取り去る)の三人称単数現在
    rebellis : rebellis(adj, 反逆者の)の女性単数主格。副詞的用法
    車輪の上に来た時には栄華を与えておきながら、回転して下に来るとそれを奪い去って没落させるということ。
  • verum : vērum(n, 真実)の単数主格
    legitur : legō(読む、選ぶ、集める)の受動形三人称単数現在
  • fronte : frōns(f, 額、正面)の単数奪格
    capillata : capillātus(adj, 髪の生えた)の女性単数奪格
  • sed : 接続詞=しかし、だがそれで
    plerumque : 副詞=大部分は
    sequitur : sequor(続く、後に来る)の三人称単数現在
  • occasio : occāsiō(f, 機会、場合)の単数主格。ギリシャの機会(チャンス)の男性神カイロス(καιρός)が、なぜか女性神となってOccasioと呼ばれるようになり、これが運命の神フォルトゥーナと同一視されるようになったのだそうだ。
    calvata : calvatus(adj, 禿げている)の女性単数主格
    オッカシオは3~4世紀の『カトの二行格言集(Disticha Catonis)』のII-26にFronte capillata, post est Occasio calua(前は髪が生えており、後ろはオッカシオ、禿げている)と描かれる。ここから「幸運の女神には前髪しかない(後ろ髪がない)」=チャンスは通り過ぎた後を追いかけても掴めない=などと言われるようになった。車輪が上に向かって来るときは額が見えているが、それを超えると後ろ姿しか見えず、チャンスはもう掴めないということでもあるだろう。
  • solio : solium(n, 椅子、玉座)の単数奪格
  • sederam : sedeō(座る)の一人称単数過去完了
    elatus : 副詞ēlātus=高く、高貴に
  • prosperitatis : prosperitās(f, 成功、幸運)の単数属格
    vario : varius(adj, 多様な)の男性奪格
  • flore : flōs(m, 花)の単数奪格
    coronatus : 副詞corōnātus=花冠で飾られて
  • quicquid : quisquis(何であっても、誰であっても)の別綴
    enim : 接続詞=まさに、~なので。Br写本も[HS]も([SS]も)enimだが、[SC]は留保付きでtamen(けれども、ついに)としている。
    florui : flōreō(花咲く)の一人称単数完了
  • felix : fēlīx(adj, 豊かな、幸せな)の男性単数主格
    beatus : beātus(adj, 幸せな、栄えた)の男性単数主格
  • a : 前置詞ab=~の、~から(奪格支配)
    summo : summus(adj, 最高の)の男性単数奪格
    corrui : corruō(落ちる、崩落する)の一人称単数完了
  • gloria : glōria(f, 栄光、栄誉)の単数主格
    privatus : prīvātus(adj, 奪い取られた)の男性単数主格
  • volvitur : volvō(回る、転がり落ちる)の三人称単数現在受動形
  • descendo : dēscendō(降りる、沈む)の一人称単数現在
    minoratus : minōrātus(減じた、縮小した)の男性単数主格 < minōrō(減らす)
    前の節とusに対応する訳語の語尾が異なってしまっているが、過去の話の前節と現在の話では語尾を変える以外に方法が思いつかないので、節の中で脚韻を踏むだけでとりあえず。
  • alter : alter(adj, 他の)の男性単数主格。名詞用法
    altum : altus(adj, 高い、深い)の男性単数主格
    tollitur : tollō(上げる、取り除く)の三人称単数現在受動形
  • nimis : 副詞=~過ぎる
    exaltatus : exaltātus(高められた、賞賛された)の男性単数主格 < exaltō(高める、賞賛する、深める)
  • rex : rēx(m, 王)の単数主格
    sedet : sedeō(座る)の三人称単数現在
    vertice : 男性名詞vertex (頂き、頂点、渦巻き)の単数奪格
    この行だけ韻が崩れてしまっている。それと関係するのか、[HS]は行末にハイフン。[ORF]もそれに従っているが、[SS]では落ちている。
  • caveat : caveō(注意する、避ける)の三人称単数現在接続法
    ruinam : ruīna(f, 廃墟、崩壊)の単数対格
    行末の感嘆符は[HS][SS]で、Br写本、[SC]にはない。興味深いことに[ORF]は感嘆符あり。
  • nam : 接続詞=~だから
    sub : 前置詞=~の下。〔奪格〕の下で、〔対格〕の下から
    axe : axis(m, 車、車軸)の単数奪格
    legimus : legō(読む、選ぶ、集める)の一人称現在複数
    車輪が回って下に来たところ、つまり頂点から没落させられたところにいる者を読み上げる。
  • Hecubam : Hecuba(f, ヘカベ)の単数対格。ヘカベはイリオス(トロイア)の王プリアモスの妻で、トロイア戦争で息子のヘクトルを失い、『イーリアス』第二十四歌では「きっと強い力の女神モイラは、わたしがあの子を産んだ時、生れた子供に運命の糸をこのように紡いでおやりになったのでしょう」と嘆く。移ろいやすい幸福の象徴として中世ではしばしば表現されるという[丑田1985, p.151]。モイラはギリシャ神話の運命の女神。
    reginam : rēgīna(f, 女王、王女)の単数対格

2行連の1対が、それぞれの行で韻を踏んでいます(ababcdcd)。

S.LXXVIaと同じ第48葉裏の下部にある詩です。オルフでは第2曲です。

S.CLXXII/CB.191. Estuans interius

吟遊詩人の告白の詩。ケルンの詩人アルキポエタ作とされています([永野]は、アルキポエタ作の告白形式をまねた戯れ歌で、本歌中の屈指の傑作としています)。

S.CLXXII/CB.191 (s1-5)
Estuans interius燃え上がって、内面が
ira vehementi怒りから、強烈に
in amaritudine苦痛の中で
loquor mee menti:語りかける、おれの心に:
factus de materia,作られたもの、物質から、
cinis elementi灰のごときもの、元素をもとに
similis sum folio,似たようなもの、そのおれは葉と、
de quo ludunt venti.そいつと戯れるのだ、風に。
Cum sit enim proprium当然のことだろう
viro sapienti賢明な男に
supra petram ponere岩の上に置くのが
sedem fundamenti,土台を基礎に、
stultus ego comparor馬鹿なおれは似ている
fluvio labenti,流れる川に、
sub eodem tramite同じ狭いところのもとには
nunquam permanenti.決してとどまらずに。
Feror ego veluti運ばれていく、おれはあたかも
sine nauta navis,船乗りのいない船のように、
ut per vias aerisまるで道を通って、大空の
vaga fertur avis,さまよい運ばれる鳥のように、
non me tenent vincula,おれを捕まえてはおけん、綱紐では、
non me tenet clavis,おれを捕まえてはおけん、鍵なんぞに、
quero mihi similes,探し求め、おれに似た者を、
et adiungor pravis.そして仲間にされる、邪悪な連中に。
Mihi cordis gravitasおれには心の厳しさは
res videtur gravis;あれに見える、重荷に;
iocus est amabilis冗談は魅力的で
dulciorque favis;まけずに甘いぞ、蜂蜜に;
quicquid Venus imperat,何だってビーナスが命じるなら、
labor est suavis,労働だって甘美に、
que nunquam in cordibusその女神は決してそんな心に
habitat ignavis.住みつかないぞ、臆病なこころに。
Via lata gradior広い道をおれは進む
more iuventutis,ふるまいは若者のように、
inplicor et vitiis絡め取られもし、悪徳に
immemor virtutis,無頓着になり、美徳に、
voluptatis avidus快楽に貪欲で
magis quam salutis,救済はあとに、
mortuus in anima死んでいる、魂において
curam gero cutis.関心をおれは向ける、皮膚に。
  • estuans : aestuō(燃える)の現在分詞aestuānsの中世ラテン語。[ORF]はAestuansと正統な(?)ラテン語を用いている。
    interius : 副詞=内側で。[HS]はintrinsecus(内側へ、内側から)。Br写本はinterius
  • ira : īra(f, 怒り)の単数奪格
    vehementi : vehemēns(adj, 厳しい、暴力的な)の女性単数与格/奪格
  • amaritudine : amaritudo(f, 苦しみ、辛辣)の単数奪格
  • loquor : loquor(話す、語る)の一人称単数現在。[SC]=Br写本はloquar(未来形)だが、[SS]は[HS]と同じloquor。
    mee : meus(adj, 私の)の女性単数与格meaeの中世ラテン語
    menti : mēns(f, 心、理性、精神)の単数与格
    行末[HS]はピリオド(この詩では[HS]は[SC]の2行をまとめて1行にしている)。
  • factus : faciō(作る)の完了受動分詞の男性単数主格
    materia : māteria(f, 物質)の単数奪格
    行末[HS]はカンマなし。
  • cinis : cinis(m, 灰)の単数主格。[HS]はlevis(軽い)、Br写本はcinis。
    elementi : elementum(n, 要素、元素)の単数属格
    キリスト教西方教会の典礼暦年のひとつ「灰の水曜日」では、司祭が信者の額に灰で十字を記し、「あなたは塵から生まれ、塵に帰ることを思い出しなさい」と述べるのだそうだ。「元素の灰」とは何のことやらだが、[sebesta]は(四元素の)火の灰だとしている。この詩からインスピレーションを得て"Ashes of the Elements"という中世を舞台にしたミステリーを書いた作家もいるのだけれど。
  • similis : similis(adj, 似ている)の男性単数主格の名詞用法
    folio : folium(n, 葉)の単数与格
    5~7行目:actus、cinisが(私と)同格の主語でsum similis folioが受ける。「物質からできたもので、元素の灰である私は、葉に似ている」。[sebesta]は3つとも同格だとしていて、それなら「私は物質からできたものであり、元素の灰であり、葉に似ている」。Br写本ではfolio sum similisと語順が異なり、[HS]もこれを採用。[SC]は行末カンマなし。
  • ludunt : lūdō(遊ぶ、なぶる、いびる)の三人称複数現在
    venti : ventus(m, 風)の複数主格
    「葉に似ているおれと風が戯れる」だが、脚韻のため強引に「風に」とした。
  • sit : sum(である)の三人称単数現在接続法
    enim : 接続詞=たとえば、つまり、なぜなら、確かに
    proprium : proprius(adj, 特徴ある、独自の)の男性単数対格
  • viro : vir(m, 大人の男)の単数与格/奪格
    sapienti : sapiēns(adj, 賢い)の男性単数与格/奪格
    行末[HS]はカンマ。Br写本ではピリオド?
  • supra : 上に
    petram : petra(f, 岩)の単数対格
    ponere : prono(置く)の現在分詞
  • sedem : sedes(f, 椅子、いえ、住まい)の単数対格 < sedeo(座る、とどまる)
    fundamenti : fundamentum(n, 基本、基礎、最初)の単数属格
    基礎の土台を岩の上に置く。マタイ7:24の挿話から。ヴルガータ訳ではomnis ergo qui audit verba mea haec et facit ea adsimilabitur viro sapienti qui aedificavit domum suam supra petram(これらの私の言葉を聞いて、それを実践する者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢明な者にたとえられよう)。さらにルカ6:48、ヴルガータ訳でsimilis est homini aedificanti domum, qui fodit in altum, et posuit fundamentum super petram(土を掘り、深く穴をあけ、岩の上に土台を置いて家を建てる人に似ている)
  • stultus : stultus(adj, 馬鹿な、単純な)の男性単数主格
    comparor : comparō(同等である、結合する)の一人称単数現在受動形
  • fluvio : fluvius(m, 川、流水)の単数与格/奪格
    labenti : labō(滑る、落ちる)の現在分詞
  • eodem : 副詞=同じ所へ
    tramite : trames(m, あしあと、床、枝)の単数奪格。[HS]はaere(空気āērの奪格)。
  • nunquam : 副詞=決して、二度と
    permanenti : permaneō(とどまる)の現在分詞
  • feror : ferō(運ぶ、支える)の一人称単数現在受動形
    veluti : 副詞=あたかも~のよう
  • nauta : nauta(m, 船乗り)の単数奪格
    navis : nāvis(f, 船)の単数主格
  • ut : 副詞=~のよう、~の時/接続詞=~となるよう、どのようにして
    aeris : aer(f, 空気、空)の単数属格
  • vaga : vagus(adj, さまよう)の女性単数
    fertur : ferō(運ぶ、支える)の三人称単数現在受動形
    avis : avis(f, 鳥)の単数属格
    行末[HS]はセミコロン
  • tenent : teneō(つかまえる、保持する、抑える)の三人称複数現在
    vincula : vinculum(n, 綱、紐)の複数主格
  • tenet : teneō(つかまえる、保持する、抑える)の三人称現在単数
    clavis : clāvis(f, 鍵)の単数主格
  • quero : quaerō(探す)の一人称単数現在の中世ラテン語
    mihi : ego(私)の与格。[HS]はmei(属格)。
    similes : similis(adj, 似ている)の男性複数対格の名詞用法。後期ラテン語では与格を伴う
    行末[HS]はカンマなし
  • adiungor : adiungō(加わる、付け加える)の三人称単数現在受動形
    pravis : prāvus(adj, ねじれた、悪徳の、壊れている)の複数与格の名詞用法
  • cordis : cor(n, 心、心臓)の単数属格
    gravitas : gravitās(f, 重み、重さ)の単数主格
    [HS]はMichi~
  • res : rēs(f, ものごと)の単数主格
    videtur : 動詞(見る、知覚する)の三人称単数現在受動形
    gravis : gravis(adj, 重い、重荷の、嘆かわしい)の女性/男性単数主格
    行末[HS]はカンマ
  • iocus : iocus(m, 冗談、陽気)の単数主格。=jocus→joke
    amabilis : amābilis(adj, 愛らしい、魅力的な)の男性単数主格
  • dulciorque : dulcis(adj, 甘い)の比較級dulcior男性単数主格+続く語との自然なつながりを示す-que
    favis : favus(m, 蜂の巣、蜂蜜)の複数与格/奪格
    行末[HS]はピリオド
  • quicquid : quidquid(誰でも、何でも)の別綴
    行末[SC]はカンマなし
  • labor : labor(m, 仕事、労働)の単数主格
    suavis : suāvis(adj, 甘い、楽しい)の男性単数主格
  • cordibus : cor(n, 心、心臓)の複数奪格
  • habitat : habitō(住む)の三人称単数現在
    ignavis : īgnāvus(adj, 怠けた、臆病な)の中性複数奪格
  • via : via(f, 道)の単数奪格
    lata : lātus(adj, 広い)の女性単数奪格
    gradior : gradior(歩く、進む)の一人称単数現在
    「ヘラクレスの岐路」として知られる、悪徳に通じる広い道と美徳に通じる狭い道の岐路でどちらに進むかという話や、マタイ7:13のlata porta et spatiosa via quae ducit ad perditionem(滅びにいたる門は広く、道は広大である)をふまえたもの。
  • iuventutis : iuventūs(f, 若さ、若者)単数属格
  • inplicor : implicō(包む、絡ませる、掴む)の一人称単数現在受動形
    vitiis : vitium(n, 犯罪、失敗)の複数奪格
    [HS]はinplico me vitiis(単数主格+egoの奪格)。
  • immemor : immemor(adj, 忘れやすい、無頓着な)の単数主格。不定詞や対格の他、属格とも結びつく。[SC]はinmemor
  • voluptatis : voluptās(f, 喜び)の単数属格
    avidus : avidus(adj, 貪欲な、熱心な)の男性単数主格
  • magis : 副詞=より多く
    quam : 副詞/接続詞=どれだけ、非常に、~より、そして
    salutis : salūs(f, 安全、健康、救済)の単数属格
  • mortuus : mortuus(adj, 死んでいる)の男性単数主格
  • curam : cūra(f, 心配、悲しみ、熱情)の単数対格
    gero : gerō(運ぶ、身に付ける、引き受ける)の一人称単数現在
    cutis : cutis(f, 皮膚、表面)の単数属格。curamにかかって「皮膚の世話」といった意味。内面である心に対して外面的なもの。

1節中の偶数行で韻を踏んでいます(abcbdbeb)。

オルフでは第11曲です。ここまでは自己批判的な内容ですが、詩はこの先第30節まで続いていて、「わが念願は飲み屋で死ぬこと」とか「詩をつくるには美酒を飲む」などなど酒の礼賛がたくさん登場します(批判校訂版では「酒の歌」編です)。また写本が多数存在して細部だけでなく節の順序なども異なっており、批判校訂版は26~30節をCB.191aと別扱いしています。Br写本では第84葉表から始まっています。

16-17- 18-19+

S.CCIII/CB.16*. Primitus producatur Pilatus

これはベネディクトボイエルンの大受難劇[5]として知られるもので、Br写本冊子の第107葉表110葉表、印刷版で300行以上に及ぶ長い詩文です。校訂版のCB.16*は補遺[6]におさめられています。

福音書のいろいろな挿話を織り交ぜながらエルサレムに向かうイエスを描いた場面に続いて、マグダラのマリアが登場します。世界(現世)の楽しみを歌った後、市場に行って体を美しくするために小間物屋で香油を注文。次に今度は中高ドイツ語になって歌うのが:

S.CCIII/CB.16* (Maria Magdalena cantet)
Chramer, gip die varwe mir,お店やさん、くださいな紅を私に、
die min wengel roete,それで私のほほを赤く染めて、
damit ich die jungen manそれでもって私が、若い男たちによ
an ir dank der minnenliebe noete.それを考え、愛恋のことよ、させて。
Seht mich an,見て私をしっかりとよ、
jungen man!若い男たちよ!
lat mich iu gevallen!任せて私に、あなたたちを楽しませるわ!
Minnet, tugentliche man,愛しなさいな、高潔な男たちよ、
minnecliche frouwen!愛らしい女たちのこと!
minne tuot iu hoch gemout愛はあなたたちを高めてくれるわ、心をね
unde lat iuch in hohen eren schouwen.そしてあなたたちに高い栄誉を見せるってこと。
Seht mich an,見て私をしっかりとよ、
jungen man!若い男たちよ!
lat mich iu gevallen!任せて私に、あなたたちを楽しませるわ!
Wol dir, werit, daz du bistようこそ、世の中、あなたは
also freudenriche!こんなにも喜びがいっぱいで!
ich will dir sin undertan私はあなたに従うわよ
durch din liebe immer sicherliche.だってあなたの愛はいつも確かで。
Seht mich an,見て私をしっかりとよ、
jungen man!若い男たちよ!
lat mich iu gevallen!任せて私に、あなたたちを楽しませるわ!
  • Chramer : 小商人、雑貨屋〔MHD〕→Krämer,m
    gip : geben(与える)の命令法〔MHD〕→gib < geben
    varwe : 染料、彩色〔MHD〕→Farbe,f
    mirは[HS]ではmier、Br写本もそう見える
  • wengel : ほほ、頬〔MHD〕→Wange,f
    roete : röten(赤くする)の接続法〔MHD〕→röte < röten
    dieは[HS]ではdiv、Br写本もそう見える
  • jungen : 若者〔D〕Junge,m:die Jungenなので男性名詞複数4格
  • an : ~について、~へ〔D〕3/4格支配
    ir : 彼女に〔MHD〕→ihr。単数女性3格なのでder minnenliebeを受ける?
    dank : 考える〔MHD〕→denk < denken:命令法?不定詞?
    minnenliebe : 恋する愛〔D〕Liebe,fだからder Liebeで単数3格
    noete : 強いる〔MHD〕→nötigen
  • lat : させる:命令法〔MHD〕→laß
    iu : あなたたちを〔MHD〕→euch
    gevallen : 気に入る、楽しむ〔MHD〕→gefallen
  • minnet : minnen(愛する)の命令法〔D〕
    tugentliche : 貞節な、高潔な〔D〕
  • minnecliche : 愛らしい〔MHD〕minnen+lich
    frouwen : 女性たち〔MHD〕→Frau,f
  • tuot : もたらす、作用する〔MHD〕→tut=tun
    gemout : 心〔MHD〕→Gemüt,n
  • unde : そして〔MHD〕→und
    iuch : あなたたちに〔MHD〕→euch
    eren : 栄誉〔MHD〕→Ehre,f
    schouwen : 見る〔MHD〕→schauen:あなたたちに高い栄誉にいることを見させる=高い栄誉をもたらす
  • wol : よい、幸いな〔MHD〕→wohl
    werit : 世界〔MHD〕→Welt,f:一瞬Wertなのかと思ったりもするが、werltという形の変形のようだ。
    daz : 〔MHD〕→daß
  • sin : 〔MHD〕→sein
    undertan : 臣従している〔MHD〕→untertan:dich untertan sein=あなたに臣従している
  • din : 〔MHD〕→deiner
    sicherliche : きっと、確かに〔D〕
  • 原詩がマグダラのマリアを娼婦扱いした宗教劇の一部であることから、わざわざこの歌詞をいかがわしいなどと注釈するものもあるが、オルフは詩の中から選んだ節を新しい文脈で捉えたと述べているわけで、余計な(以下略)。音楽の表現も、semplice(無邪気な、気取らない、純真な)と記されている。それに、マリアについて聖書はそんなこと語っていないのはDies iraeの訳注で示した通り。

脚韻はabcb。オルフでは第8曲です。中世において、マグダラのマリアはルカ7:36~50の「罪のある女」と同一視されていたため(聖書にはそんなこと書いてないにもかかわらず)、このあとで悔い改めて、もういちど小間物屋で香油を買ってイエスに近づき、足元で泣く(そして香油を注ぐ)という話が続きます。そして、ピラトの裁判、イエスの受難と劇は進んで行きます。

Chramerの歌は、Br写本では第107葉裏の上部に書かれ、ネウマ[7]が付与されています。

恋の歌編

S.IS.XXXが真面目編に含められ、「恋、酒、遊び」はBr写本第18葉裏S.31(CB.56)からです。Incipiunt jubili(始まる、喜びの調べが)という言葉が冒頭に置かれています。

S.37/CB.62. Dum Diane vitrea

この詩は中世抒情詩の傑作とされるものです。第1節を試訳してみます。

S.37/CB.62 (s1)
Dum Diane vitrea月の女神の水晶のような
sero lampas oritur,ようやく灯があらわれるとき、
et a fratris roseaそして兄弟神からのバラのような
luce dum succenditur,光に燃えあがるとき、
dulcis aura zephyri,甘いそよ風が、西風の、
spirans omnes ętheri,吹き払う、すべて空にあるもの、
nubes tollit,雲を取り払って、
sic emollitそのように和らげて
vi chordarum pectora,弦の力で胸の思い、
et inmutatそして変える
cor, quod nutat心を、それは揺れる
ad amoris pignora.向かうは愛の誓い。
  • Diane : Diana(f, 月の神ダイアナ)の単数属格
    vitrea : vitreus(adj, ガラスのような、半透明の)の
  • sero : 副詞=ようやく
    lampas : lampas(f, 灯、明かり)の単数主格
    oritur : orior(のぼる、現れる)の三人称単数現在
  • a : 前置詞=~から、~の前
    fratris : frāter(m, 兄弟)の単数属格。ここでは月の兄弟である太陽。
    rosea : roseus(adj, バラ色の)の女性単数奪格
  • luce : lūx(f, 光)の単数奪格
    succenditur : succendō(火をつける、燃やす)の三人称単数現在受動形
  • aura : aura(f, 空気、そよ風)
    zephyri : zephyrus(m, 西風、ゼフィルス)の単数属格
  • spirans : spīrō(息をする、吹く)の現在分詞
    ętheri : aethēr(m, 空、空気、上方)の単数対格aetherīの別綴etheri
  • nubes : nūbēs(f, 雲)の単数/複数主格
    tollit : tollō(取り除く、持ち上げる)の三人称単数現在
  • emollit : ēmolliō(やわらげる、弱める)の三人称単数現在
  • vi : vīs(f, 力)の単数奪格。[HS]では主格vis
    chordarum : chorda(f, 弦)の複数属格
    pectora : pectus(n, 胸)の複数主格/奪格
  • inmutat : inmūtō(変える)の三人称単数現在。[HS]ではimmutat
  • cor : cor(n, 心、心臓)の単数主格
    nutat : nūtō(頷く、揺れる、合図する)の三人称単数現在
  • amoris : amor(m, 愛)の単数属格
    pignora : pignus(n, 誓約、人質)の複数主格/奪格

シュメラー版では続く4行も合わせて第1節としていますが、Br写本は次が赤の大文字になっていて校訂版でも節を分けているので、ここまでにしました。恋の動と眠りの静が対比されつつ喜びや悩み、また情景が描写されていきます。この詩については[ドロンケ, pp.304-311]が独自に校訂した上で詳しく検討しています。Br写本では第23葉表の中程から。オルフでは用いられていません。

S.43/CB.70. Estatis florigero tempore

恋の対話詩で、「夏、花開くとき」と始まる第1節で男が決意を独白し、第2節で女に熱い思いを語り、第3節で女が答え…と続きます。女は《貞節も大事、それに家族に叱られているし》とためらいますが、男はくだらない心配だと迫ります。そして第7節(批判校訂版は節の分け方がかなり違って第12節ab):

S.43/CB.70 (s7)
In trutina mentis dubia天秤の中で、心の迷いの
fluctuant contraria揺れ動く反対のもの
lascivus amor et pudicitia.わがままな愛と貞節なるもの。
Sed eligo quod video,しかし私は選ぶ目に見えるほう、
collum iugo prebeo;首をくびきにあてがう;
ad iugum tamen suave transeo.くびきへと、なお甘いものへ向かう。
  • trutina : 女性名詞trutina (バランス、天秤)の単数奪格。S.159/CB.108はVacillantis trutine libramine mens suspensa fluctuat(ふらつく天秤のように宙吊りで揺れている私の心)と始まる。
    dubia : dubius(adj, 迷う、疑いの)の女性単数主格/与格/属格
  • fluctuant : fluctuor(波打つ、疑いを持つ、躊躇する)の三人称複数現在
    contraria : contrārius(adj, 反対の)の中性複数対格の名詞用法
  • lascivus : lascīvus(adj, 無規律な、放縦な、気楽な)の男性単数主格
    pudicitia : pudīcitia(f, 節制、美徳)の単数主格
  • eligo : ēligō(選ぶ、つまみ出す)の一人称単数現在
  • collum : collum(n, 首)の単数対格
    iugo : iugum(n, くびき)の単数与格。「結婚の絆」という意味もある。
    prebeo : prebeo(見せる、差し出す、提供する)の一人称単数現在
  • iugum : iugum(n, くびき)の単数対格
    tamen : 副詞/接続詞=しかしながら、まだ、とうとう
    suave : suāvis(adj, 甘い)の中性単数対格
    transeo : trānseō(進む、横切る、越える)の一人称単数現在

男は《ビーナスの神秘をくびきと言うなんて》と驚きつつ、喜び、贈り物をします。そして最後の第9節(批判校訂版では第15節):

S.43/CB.70 (s9)
Dulcissime,この上なく愛しい方、
totam tibi subdo me.すっかりあなた捧げます、私を。

※オルフの曲ではtotam tibiの前に"ah"を置いています。

  • dulcissime : dulcis(adj, 甘い)の男性単数主格最上級
    [HS]では末尾に感嘆符。Br写本にも[SC]にもない。
  • totam : tōtus(adj, 全部の)の女性単数対格
    subdo : subdō(置く、与える)の一人称単数現在
    [HS]では(押韻の問題から)totam subdo tibi me. また[SS]はこちらの行末に感嘆符を付けているが、[ORF]も他のソースにもない。

[永野]は「わたしのいとしい娘よ」と男の立場で訳しています。第7節を見ると3行ごとの韻のようですが、節ごとに異なる規則で全体としてどうなのかよく分かりません。Br写本では第27葉表の下部から。オルフでは第21曲第23曲です。

S.50/CB.77. Si linguis angelicis loquar et humanis

これも恋の対話の詩。「もし天使と人間のことばが話せても」で始まる第1節で恋に勝利したことが述べられ、その原因と結果を第3節から歌います。恋に悩んでいろいろ念じているときにふと振り返ると、なんとそこに彼女が。そこで近づいて丁寧に挨拶するのが第8節:

S.50/CB.77 (s8)
Ave formosissima,ようこそ、この上なく美しいひと、
gemma pretiosa,宝石、貴重なものよ、
ave decus virginum,ようこそ、誇りよ、乙女たちの、
virgo gloriosa,乙女、栄光のひとよ、
ave mundi luminar,ようこそ、世界の光、
ave mundi rosa,ようこそ、世界のバラよ、
Blanziflor et Helena,ブランチフルールとヘレナ、
Venus generosa.ビーナス、高貴な方よ。
  • Ave : ようこそ
    formosissima : fōrmōsus(adj, 美しい、整った)の女性単数主格の最上級
    この詩は[HS]では[SC]の2行をまとめて1行にしている
  • gemma : gemma(f, 蕾、宝石)の単数主格
    pretiosa : pretiōsus(adj, 貴重な、高価な)の女性単数主格
  • decus : decus(n, 名誉、栄光、誇り、装飾)の単数主格
  • virgo : virgō(f, 女性、乙女)の単数主格
    gloriosa : glōriōsus(adj, 栄光の、有名な)の女性単数主格
  • mundi : mundus(m, 世界)の単数属格。[HS]ではlumen
    luminar : luminare(n, 光、明かり、窓)の単数主格の別綴。[HS]では(Br写本も)luminum
  • Blanziflor : ブランチフルール(「白い花」の意味の名前)。中世ロマンス『フローリスとブランチフルールFloris and Blanchefleur』のヒロイン。
    Helena : ヘレナ。ビーナスがパリスに命じて奪い取らせた世界一の美女ヘレーナ。
  • generosa : generōsus(adj, 高貴な、素晴らしい)の女性単数主格
    [HS]が行末に感嘆符を置いていますが、Br写本=[SC]にはなく、[SS][ORF]にもありません。

偶数行で韻を踏んでいます(abcbdbeb)。オルフでは第24曲です。そして短いやりとりのあと、第12~23節を費やして長い告白が行なわれます。何でも希望を叶えてあげるという答えをもらい、そして第33節の「苦多ければ楽もまた多し」で結ばれます。Br写本では第31葉裏から始まっています。

S.60/CB.87. Amor tenet omnia

「愛神は支配する、すべてを」ではじまる恋愛詩です。「大胆で臆病」「誠実で無情」などいろいろ矛盾した形容の上で第4節:

S.60/CB.87 (s4)
Amor volat undique,愛神が飛びます、いたるところで、
captus est libidine.とらえられて、欲望に。
Juvenes, iuvencule若い男たち、若い女たちは
coniunguntur merito.結びつきます、当然ですが。
Siqua sine socio,もし彼女にいなければ、相手が、
caret omni gaudio;欠けている、全ての喜びが;
tenet noctis infima捕まえる、夜の奥底をここに
sub intimo一番内側にある
cordis in custodia:心の護られたところに:
fit res amarissima.なります、もっとも辛いことに。
  • amor : amor(m, 愛)の単数主格
    volat : volō(望む、欲する/飛ぶ)の三人称単数現在
  • captus : capiō(つかまえる、取る)の完了受動分詞
    libidine : libīdō(f, 欲望、愛欲、空想)の単数奪格
  • juvenes : iuvenis(adj, 若い)の複数主格の別綴
    iuvencule : iuvenculus(adj, 若い人の)の女性複数主格iuvenculaeの別綴
  • coniunguntur : coniungō(結びつく)の三人称複数現在。[SC]は留保付きで、[HS]では(Br写本も)que secuntur(sequor従う、続いてくるの三人称複数未来形sequentur)
    merito : 副詞=当然に
    [HS]は行末をカンマにし、次の行に続けてそこでピリオド。「若い男たち、若い女たちは/やがて連れ立っていく、当然に/もし相手がいなければ。」
  • siqua : si(もし)+quī(誰、何)の女性単数現在quae。[HS]ではsi que
    socio : socius(adj, 集まった、相手のいる、連帯した)の男性/中性単数奪格
  • caret : careō(欠けている)の三人称単数現在
    gaudio : gaudium(n, 喜び、愉しみ)の単数対格。[HS]ではgloria
    [HS]では(Br写本も)行の前にilla vero
  • noctis : nox(f, 夜)の単数属格
    infima : īnferus(adj, 低い、下の世界の)の最上級īnfimusの女性単数主格の名詞用法
  • intimo : intimus(adj, 最も内側の、とても秘密な、親密な)の男性/中性単数奪格の名詞用法。[HS]ではintima
  • custodia : custōdia(f, 保護、注意、監視)の単数奪格
    [HS]ではcordis inがcardinis
  • fit : fīō(起こる)の三人称単数現在 < faciō(する)の受動形
    amarissima : amārus(adj, 苦い、皮肉な、気難しい)の最上級amarissimusの女性単数主格
    [HS]では行頭にsic

Br写本の中でも特に問題(誤りの可能性)の多いテキストとされ、シュメラー版も校訂版もいろいろ手を入れています。オルフでは第15曲です。結論の第5節でも「すなおでずるい」「赤くて青い」として、最後に「夜の静寂の中で/愛神は罠にはまる」と結びます。Br写本では第36葉裏の下部から始まっています。

S.61/CB.88. Ludo cum Cecilia

「セシリアと遊ぶ」で始まるこの詩の第2節では、中世からルネサンス期に広く使われた「愛の五段階」(quinque lineae amoris)[ドロンケ, p.626]が出てきます。

S.61/CB.88 (s2)
Tantum volo ludere,ひたすらしたい、遊ぶこと、
tantum contemplari,ひたすら見つめて、
pręsens volo tangere,すぐそばでしたい、触れること、
tandem osculari,ついにはキスして、
quintum, quod est agere,5番目の、成し遂げること、
nolo suspicari.それは考えないことにして。
  • volo : volō(望む、欲する/飛ぶ)の一人称単数現在
    ludere : lūdō(遊ぶ、なぶる、いびる)の不定詞
  • contemplari : contemplor(見つめる、観察する)の不定詞
  • pręsens : presens(adj, 存在している、即座の)
    tangere : tangō(触れる、触る、掴む)の不定詞
  • tandem : 副詞=ようやく、遂に
    osculari : osculor(キスする、抱擁する)の不定詞
  • quintum : quīntus(5番目)の男性/中性奪格
    agere : agō(する、作る、成し遂げる)の不定詞
  • nolo : nōlō(望まない)の一人称単数現在。ne+voloから
    suspicari : suspicor(疑う、仮定する)の不定詞

Br写本第37葉表の後半にあります。校訂版はかなり違っていて、これは第9節に置かれ1~2行目もやや異なります。なぜか[永野]はシュメラー版に近い(けれども微妙に違う)ようです。この詩はオルフでは用いられていません。

愛の五段階はS.116b/CB.154にも登場して、「見つめる、語らう、触れる、唇を重ねる」と歌われています(シュメラー版はここまでですが、校訂版ではその後に第5段階についても)。5つの段階はこちらが一般的なようです。またウンベルト・エーコが『美の歴史』第Ⅵ章(邦訳p.158)で引用している、第4段階から先には簡単に進めずあの手この手でようやく成就という詩は、「ビーナスありがとう」で始まるS.45/CB.72(ブロワ作)の翻案です。

S.65/CB.92の長い論争詩に続く写本ページは、シュメラー版ではS.LXVIS.LXXVIIと「真面目編」に入れられていますが、S.Iでの写本順序の注でも示したように、校訂版では羊皮紙の順序が入れ替わっていたとしてこの範囲がCB.1~CB.16およびCB.18となっています。

S.81/CB.118. Doleo, quod nimium

「残念だ、とても/追放されるとは」で始まる恋の悲歌。フランスに留学させられて恋人と離れてしまい、戻ってきたら彼女は別人の腕に。という状況での第6節から(第8節をとばして)最後まで:

S.81/CB.118 (s6,7,9)
Dies, nox et omnia昼、夜、そしてすべてが
michi sunt contraria,私に背を向けているが、
virginum colloquia乙女たちの会話が
me fay planszer,私ヲ涙サセ、
oy suvenz suspirer,マタシバシバタメ息ヲツカセ、
plu me fay temer.サラニ私ヲ怯エサセ。
O sodales, ludite,おぉ仲間よ、遊びを楽しんでくれ、
vos qui scitis diciteきみたち訳知りは語ってくれ
michi mesto parcite,私の嘆きには寛容でいてくれ、
grand ey dolur,大キイノダ、苦シミッテ、
attamen consuliteけれども相談に乗ってくれ
per voster honur.キミタチノ名誉ニカケテ。
Tua pulchra faciesあなたの美しい顔が
me fay planszer milies,私ヲ涙サセ、千回もだが、
pectus habet glacies.心はいっぱい、氷が。
a remender治スノナラバ
statim vivus fieremすぐ元気になるさ
per un baser.一度ノ接吻ガアレバ。
  • dies : diēs(f, 日、昼)の単数主格/複数主格/対格
    nox : nox(f, 夜)の単数主格
  • colloquia : colloquium(n, 会話、議論)の複数主格/対格
  • fay : つくる、する、させる〔OF〕faire(→faire)の三人称単数現在faitの別綴。〔OF〕は古フランス語、→は対応する現代フランス語(以下同様)
    planszer : 泣く〔OF〕plorer(→pleurer)の現在分詞の別綴?(ラテン語plōrō)
  • oy : あるいは〔OF〕→ou?
    suvenz : しばしば〔OF〕→souvent
    suspirer : 溜息をつく〔OF〕→soupir(ラテン語suspīrō)
  • plu : さらに〔OF〕→plus
    temer : おびえる〔OF〕→timide(ラテン語timidus)
  • sodales : sodālis(adj, 仲間の)男性/女性複数呼格の名詞用法
    ludite : lūdō(遊ぶ、なぶる、いびる)の二人称複数現在命令法
  • vos : (あなた)の複数
    scitis : sciō(知る、理解する、知覚する)の受動過去分詞の複数与格/奪格
    dicite : dicō(言う)の二人称複数現在命令法
  • mesto : maestus(adj, 悲しみに満ちた、嘆き悲しむ)の男性単数与格maestoの別綴
    parcite : parcō(容赦する、我慢する)の二人称複数現在命令法。+対格で~を哀れむ、~に寛容である
  • grand : 大きな〔F〕
    ey : 持つ〔OF〕→ai < avoir
    dolur : 痛み、苦しみ〔OF〕→douleur(ラテン語dolor)
  • attamen : 接続詞=しかし、それにもかかわらず
    consulite : cōnsulō(気を遣う、解決する、相談する)の二人称複数現在命令法
  • per : のために〔OF〕→pour
    voster : あなたたちの〔OF〕→votre
    honur : 名誉〔OF〕→honneur(ラテン語honor)
  • tua : tuus(adj, あなたの)の女性単数主格
    pulchra : pulcher(adj, 美しい)の女性単数主格
    facies : faciēs(f, 顔、容貌、姿形)の単数主格
  • planszerは[HS]では(Br写本でも)planserだが[SC]は4行目に合わせている
  • pectus : pectus(n, 胸、心)の単数主格
    habet : habeō(持つ)の三人称単数現在
    glacies : glaciēs(f, 氷)の複数対格
  • remender : 治療、救済〔OF〕→remédier
  • statim : 副詞=すぐに
    vivus : vivūs(adj, 生きている、活発である)の男性単数主格。[HS]ではvivum([FBK]でvivusに訂正)
    fierem : fīō(起こる)の一人称単数未完了接続法。[HS]ではfacies([FBK]でfieremに訂正)
  • baser : 〔OF〕→キスbaiser(ラテン語bāsiō)

フランス帰りゆえのフランス語混じりマカロニック(マカロニ体)が、いっそう悲哀を誘います。各節の頭3行の韻です。引用箇所はBr写本では第50葉表(校訂版ではオルフの引用は第5、6、2節となります。写本順序の注の続きを参照してください)。オルフでは第16曲です。

S.92/CB.130. Olim lacus colueram

この付近、鳥獣の歌(S.96/CB.132)、鳥や動物の名(S.97/CB.133、134)など鳥獣関連の詩が多いのですが、批判校訂版でも「恋の歌」に分類されています。これは鳥の歌というよりは、悲歌ですけれど。

S.92/CB.130 (s1,2,5)
Olim lacus colueram,かつて湖に住んでいた、
olim pulcher extiteramかつて美しく際立っていた
dum cignus ego fueram.あのころ白鳥で私はあった。
Miser, miser!みじめ、みじめに!
modo niger今は真っ黒に
et ustus fortiter.そして焼かれてしまった強烈に。
Girat, regirat garcifer;回し、また回す、料理人が;
me rogus urit fortiter:私を薪が焼く、強いのが:
propinat me nunc dapifer,引き渡す、私をいま給仕人が、
Miser, miser!みじめ、みじめに!
modo niger今は真っ黒に
et ustus fortiter.そして焼かれてしまった強烈に。
Nunc in scutella iaceo,いまや小皿に横たわる、
et volitare nequeo,そして飛び回ることもできずにいる、
dentes frendentes video:歯がはぎしりしているのが見える:
Miser, miser!みじめ、みじめに!
modo niger今は真っ黒に
et ustus fortiter.そして焼かれてしまった強烈に。
  • olim : 副詞=かつて、その時
    lacus : lacus(m, 湖、池)の複数対格lacūs
    colueram : colō(住む、耕す)
  • pulcher : pulcher(adj, 美しい、上品な)の男性単数主格
    extiteram : existō(現れる、存在する)の一人称単数過去完了
  • dum : 接続詞=~である時
    cignus : cygnus(m, 白鳥)の単数主格の別綴。[HS]ではcygnus
    fueram : sum(である)の一人称単数過去完了
    中世においては、白鳥や孔雀は贅沢な料理とされていたという。例えばヘニッシュの『中世の食生活』など。
  • miser : miser(adj, 貧しい、惨めな)の男性単数主格
    [HS]は各miserに感嘆符、[SC]および[SS]は行末に感嘆符、Br写本と[ORF]にはない。
  • modo : 副詞=~だけ、ただ今は
    niger : niger(adj, 黒い)の男性単数主格
  • ustus : ūrō(焼く)の完了受動分詞
    fortiter : 副詞=強く < fortis(強い)
    [HS][SS]は行末に感嘆符、Br写本=[SC]=[ORF]にはない。
  • girat : gyrō(回す、回転させる)の三人称単数現在gyratの別綴
    regirat : 反復のre+gyrō(回す、回転させる)
    garcifer : garcifer(m, 料理人)の単数主格。羅英辞書には載ってないが、羅独辞書で
  • me : ego(私)の単数対格/奪格
    rogus : rogus(薪)の単数主格
    urit : ūrō(焼く)の三人称単数現在
  • propinat : prōpīnō(乾杯する、引き渡す)の三人称単数現在
    dapifer : dapifer(m, 給仕)の単数主格
  • scutella : scutella(f, 小さく平たい皿)の単数属格
    iaceo : iaceō(横たわる、横たえられる)の一人称単数現在
  • volitare : volitō(飛び回る)の三人称複数現在完了形
    nequeo : ~できない
  • dentes : dēns(m, 歯)の複数主格
    frendentes : frendeō(くいしばる、歯ぎしりする)の現在分詞
    video : videō(見る)の単数主格

上で紹介しているのは第1、2、5節(オルフでの第12曲)で、第3節(薬味に浸るより/水や大空が/ずっと好き)、第4節(前は雪より白く/鳥より美しく/今じゃ黒鳥)を省略しています(校訂版では。Br写本ではGirat...がMe rogus...と少し違う形で第3節、「前は雪より」「薬味に」がそれぞれ第2節、第4節になっています)。

3行単位でaaabbbと韻を踏んでいます。Br写本では第53葉裏の下部から始まっています。

S.99/CB.136. Omnia sol temperat

S.98(CB.135)で《冬の厳しさが去り春が訪れて輝く》と歌い、続くこの詩は太陽と春の賛美で始まります。いずれも、恋の歌です。

S.99/CB.136
Omnia sol temperat万物を、太陽が、やわらげる
purus et subtilis,それは清澄な、そして精妙の、
nova mundo reserat新しい世界に開いている
facies Aprilis;姿が、4月の;
ad amorem properat愛に向かって急いでいる
animus herilis,心が、おとなの、
et iocundis imperatそして楽しむ者を治める
deus puerilis.神が、こどもの。
Rerum tanta novitasものごとの大いなる再生は
in sollemni vereいつもの春のこと
et veris auctoritasそして春の権威は
jubet nos gaudere,命じる、我々に楽しむこと、
vias prebet solitas,道を示す、馴染みのだそれは、
et in tuo vereそしてあなたの春でのこと
fides est et probitas誠実でありまた正直なのは
tuum retinere.あなたのものを持ち続けること。
Ama me fideliter愛しておくれ私を誠実に
fidem meam nota,誠実を、私のを知って、
de corde totaliter心から、全てに
et ex mente tota,そして精神から、全て、
sum presentialiter私はいるよ、この場に
absens in remota.たとえ離れていたって。
quisquis amat taliter誰でも愛を行なう者は、そんなふうに
volvitur in rota.回されるのだよ、車輪につけられて。
  • omnia : omnia(n, 全てのもの)の複数対格
    sol : sōl(n, 太陽)の単数主格。[SS]ではSolだけれども[SC][HS][ORF]ともに小文字
    temperat : temperō(分ける、まとめる、支配する、和らげる)の三人称単数現在
  • purus : pūrus(adj, 明快な、純粋な)の男性単数主格
    subtilis : subtīlis(adj, 精巧な、正確な、詳細な)の男性単数主格
    いずれも主格なので太陽にかかる。
  • nova : novus(adj, 新しい)の女性単数与格(novae)。ここは男性でないとおかしいので[HS]ではnovoだが、[SC]ではnovaで、Br写本、[SS][ORF]も同じ。さらに[FKB]はnovaに訂正。
    mundo : mundus(m, 世界、宇宙)の単数与格(奪格)
    reserat : reserō(開く、解き放つ)の三人称単数現在
  • facies : faciēs(f, 姿、形)の単数主格もしくは複数対格。ここは[HS]がfaciem(単数対格)で[SS]はなぜかfaciea(意味不明)。Br写本、[SC]、[ORF]はfaciesで、[FKB]でもfaciesに戻された。
    Aprilis : Aprīlis(m, 4月)の単数属格。Br写本と[SC]は小文字だけれども[HS][FKB][SS]で大文字
    faciesと主格なので「4月の姿が新しい世界に開いている」。太陽が主語なのは最初の2行だが、もしfaciemだとここまでずっと太陽が主語ということになり、「清澄で精妙な太陽が万物をやわらげ、4月の姿を新しい世界に開いている」。
  • ad : 前置詞=~へ、~に向かって。対格支配
    amorem : amor(m, 愛)の単数対格。[SS]のみ大文字
    properat : properō(急ぐ、駆り立てる)の三人称単数現在
  • animus : animus(m, 心)の単数主格
    herilis : erīlis(adj, 主人の、家長の)の男性/女性/中性単数属格の別綴。明らかに次のpuerilisと対になっているから「大人の」としたが、中性名詞のsol(太陽)を受けて「主である太陽の」と訳すものもある。主格(同じ形)と捉えて「女主人(=ビーナス)が心を愛に駆り立てる」という訳は面白いが(次の子どもの神=キューピッドと対になる)、animusを対格とするのは無理がある。
  • iocundis : iōcundus(adj, 愉快な、楽しい)の男性(中性/女性)複数与格。名詞用法
    imperat : imperō(治める、求める、命じる)の三人称単数現在。+与格+人/+対格+ものごと
  • deus : deus(m, 神)の単数主格
    puerilis : puerīlis(adj, 若々しい、子どもの)の男性単数主格
  • rerum : rēs(f, もの、こと)の複数属格
    tanta : tantus(adj, 非常に多くの、大きな)の女性単数主格
    novitas : novitās(f, 新しいこと)の単数主格
  • sollemni : sollemnis(adj, 毎年の、いつもの、(宗教的)年中行事の、祝祭的な)の中性単数奪格
    vere : vēr(n, 春)の単数奪格
  • veris : vēr(n, 春)の単数属格
    auctoritas : auctōritās(f, 権威、力、覇権)の単数主格
  • jubet : jubeō(命じる)の三人称単数現在
    nos : 代名詞egoの一人称複数主格/対格
    gaudere : gaudeō(喜ぶ、祝う)の現在形不定詞
    連の最初の2行(9~10行目)は動詞がないので、3行目までを主語と捉えると「"毎年の祝祭的な春におけるものごとの大いなる再生"と"春の権威"とが私たちに喜ぶことを命じている」
  • vias : via(f, 道)の複数対格。[HS]ではvices(変化、入れ替わり)
    prebet : prebeo(示す、与える)の三人称単数現在
    solitas : solitus(adj, 馴染みの、慣れた)の女性複数対格
    1~3行目の主語を引き継いでいる。雪に埋もれていたお馴染みの道を出かけられるようにする、ということだが、「春にはお馴染みの恋に至る道」と読み込む方が話としてはつながるか。[HS]は前の行末をピリオドにして文を終えている。ならばvicesはvicisの複数主格でもあるので、solitasを名詞用法の対格と考えて「(冬からの)変化は(いつもの春の)見慣れたものをもたらす」?
  • 「そしてあなたの春において」。ここでの春は季節というより人生における春(青春)。[HS]は前の行末をセミコロンにし、この行は後ろにかかるものとしている。
  • fides : fidēs(f, 信頼)の単数主格
    probitas : probitās(f, 正直)の単数主格
  • tuum : tuus(あなたの)の男性/中性対格
    retinere : retineō(保つ、控える)の現在不定形
  • ama : amō(愛する)の二人称単数現在命令法
    fideliter : 副詞=誠実に
    [HS]が行末に感嘆符を加えており、[SS]もそれに倣っているが、Br写本=[SC]=[ORF]にはない。
  • fidem : fidēs(f, 誠実)の単数対格
    meam : meus(adj, 私の)の女性単数対格
    nota : notō(記す、書く、注意する)の二人称単数現在命令法
    [HS]が行末にコロンを加えており、[SS]もそれに倣っている。Br写本、[SC]は点、[ORF]にはない。
  • corde : cor(n, 心、心臓)の単数奪格。(1.ではchordae=弦がcordeになっていたのでややこしい)
    totaliter : 副詞=全面的に、完全に
  • ex : 前置詞=~から。奪格支配。離れるのが原義(out from)、deの場合は降りてくるニュアンス(down from)がある
    mente : mēns(f, 心、理性、精神)の単数奪格
    tota : tōtus(adj, 全て)の女性単数奪格
    行末の点は[HS][SS]は採用していないが[SC]=[ORF]。Br写本は微妙だが点があるようにみえる。
  • presentialiter : praesentialiter(面と向かって)の中世ラテン語
  • absens : たとえ~であっても。 < absēns(adj, 不在の)
    remota : remōtus(adj, 離れた)の女性単数奪格
    離れていてもちゃんと見てますよ、と。
  • quisquis : 副詞/関係代名詞=何であっても、誰であっても
    amat : amō(愛する)の三人称単数現在
    taliter : 副詞=そのように、それほど。[HS]ではaliter(違うように)
    もしも離れている時に(誠実な気持ちを裏切って)そんな風に愛を営んだら、ということ。[HS]のaliterの方がその意味は明確。[HS][SS]は行末にカンマ、Br写本=[SC]=[ORF]にはない。
  • rota : rota(f, 輪、車)の単数奪格(rotā)
    そんなことしたら車に縛り付けて回転の刑にするよと。ただ音楽は穏やかなもので、難詰しているわけではなく、そんなことしないでくださいとお願いする感じか。

各節で2行対が韻を踏んでいます(abababab)。オルフでは第4曲です。

S.99a(CB.136a)としてドイツ語で「あの娘が私の思い通りになったら」という1節が続き、[永野]はこれを本詩の第4節としています。この付近の詩はいずれも最後の1節がドイツ語で[8]、シュメラー版、批判校訂版ではaを付加した枝番号、[永野]は一つの詩の最終節として扱っています。Br写本では3行抜きの大きな飾り文字で詩が始められ、節は赤の大文字で始められているのですが、枝番号に相当する詩は(内容としては独立していても)赤の大文字になっているだけなので、それをどう扱うかの違いによります。S.99第56葉裏の後半に書かれています。

S.101/CB.138. Veris leta facies

S.100(CB.137)では春の花と鳥が、S.100a(同137a)では輪舞を踊ろうと歌われています。そして幸せな春と恋の歌。

S.101/CB.138 (s1,2,4)
Veris leta facies春の幸せな姿は
mundo propinatur,世界に乾杯される、
hiemalis acies冬の刃先は
victa iam fugatur.打ち負かされ今や追放される。
in vestitu vario衣服をまとって、色とりどりに
Phebus principatur,フェブスが支配する、
nemorum dulcisono,木立の甘い響きに、
qui cantu celebratur.彼はその歌で讃えられる。
Flore fusus gremioフローラに射し込み、その膝に
Phebus novo moreフェブスが新たな様子で
risum dat, hoc vario笑い声を送る、そこで色とりどりに
iam stipatur flore.いま囲まれる、花で。
Zephyrus nectareoゼフィルスは神酒の甘さに
spirans in odore;吹いていて、香りの中で;
certatim pro bravio競って、ご褒美のために
curramus in amore.急いでいこう、愛の中で。
Cytharizat cantico竪琴を奏でる、歌で
dulcis Philomena,甘美なフィロメーナ、
flore rident vario花で笑う、色とりどりに
prata iam serena,草原はいま晴れやかな、
salit cetus avium飛んでいる、集まりが鳥の
silve per amena,森のなかをその朗らかな、
chorus promit virginum輪舞がつくりだす、乙女たちの
iam gaudia millena.いま喜びを、千もの数多な。

※オルフの曲では各節の末尾に"Ah"を置いています。

  • veris : vēr(n, 春)の単数属格
    leta : laetus(adj, 幸せな、楽しい)の女性単数主格laetaの変形(letaそのままだとlētō=殺す=の命令法なので混乱する)
    facies : faciēs(f, 姿、形)の単数主格
  • mundo : mundus(m, 世界、宇宙)の単数奪格(与格)
    propinatur : prōpīnō(乾杯する、~のために飲む、誓う)の三人称単数現在受動形。[HS]はpropitiatur(propitiō=なだめる=の三人称単数現在受動形)、さらにpropinquatur(近づく)という読みもあるという(Schreiber)。Br写本はppinaturと読める。
  • hiemalis : hiemālis(adj, 冬の)の女性単数主格
    acies : aciēs(f, 刃先、先端、洞察力、戦い)の単数主格
  • victa : vinco(征服する)の完了受動分詞victusの女性単数主格(征服された)
    iam : 副詞=すでに、今や
    fugatur : fugō(追い払う、追放する)の三人称単数現在受動形
  • vestitu : vestītus(m, 衣服、覆い)の単数奪格
    vario : varius(adj, 多様な)の男性単数奪格
  • Phebus : ギリシア神話の神アポローンのラテン名とされる。ポイボス、フェブス、フォイブスなど。Phoebusとも。ここは[HS]ではFloraだが、[SC](=Br写本)ではPhebus。ショット社の出版譜[SS]は最初Floraとしていたが、後にオルフ自筆譜[ORF]に従ってPhoebusに修正したという。
    principatur : principor(統治する、支配する)の三人称単数現在
  • nemorum : nemus(n, 木立、牧地、木)の複数属格
    dulcisono : dulcisonus(adj, 甘く響く)の男性単数奪格。次行のcantuにかかる。
  • qui : 関係代名詞quīの男性単数主格。Phebusを受ける。[HS]はque=女性単数主格quaeの別綴だが、これは6行目がFloraだから。[ORF]はquiなのに[SS]はqueでおかしい(上記のように、[HS]に合わせてFlora/queだったものをFloraだけPhoebusに戻して、こちらはそのまま残ったと思われる)。Br写本ではq+省略形で判定できない。
    cantu : cantus(m, 歌)の単数奪格
    celebratur : celebrō(祝福する、群がる)の三人称単数現在受動形
    彼は木々の甘い歌で祝福されている。
  • Flore : Flora(f, 花の女神)の単数属格Floraeの変形
    fusus : fundō(注ぎこむ、伸ばす)の完了受動分詞fūsusの男性単数主格
    gremio : gremium(n, 膝、懐)の単数与格/奪格
  • novo : novus(adj, 新しい)の男性単数奪格
    more : mōs(m, 方法、規則、気分、様子)の単数奪格
  • risum : rīsus(m, 笑い)の単数主格 < rīdeō(笑う)
    dat : (与える、譲る)の三人称単数現在
    hoc : hōc(ここで) < 指示代名詞hic(この)
  • stipatur : stīpō(押し詰める、囲む)三人称単数現在受動形。[SC]で留保付き。[HS]はstipate(完了受動分詞の女性単数奪格stipatae)、Br写本はstipata(同主格/対格)と読める。なぜか[SS]はstipata。
    フェブス(太陽)がフローラの膝に射し込んで新たな様子で笑いかけ、フローラはそこで色とりどりの花に今や囲まれている。
  • Zephyrus : Zephyrus(m, 西風の神ゼフィルス)の単数主格
    nectareo : nectareus(adj, 花蜜/神酒のように甘い)の男性単数奪格
  • spirans : spīrāns(息づいている)の男性単数主格 < spīrō(息をする、吹く)
    odore : odor(m, 香り、匂い)の単数奪格
    ゼフィルスは神酒のように甘い香りで吹いていて。[HS]はspirans it odore(香りで吹いている。itはeō=進む=の三人称単数現在)。
  • certatim : 副詞=熱心に、競争して
    pro : 前置詞=~のために、~の方へ。奪格支配
    bravio : bravium(n, 誉れ、報酬、褒美)の単数奪格
  • curramus : currō(走る、急ぐ、動く)の一人称複数現在接続法
    amore : amor(m, 愛)の単数奪格。pro bravio in amoreだから「愛の(における)ご褒美を目指して」
    ただしBr写本はamoreでなくodoreで、シュメラーは書き換えたことを示している。[HS]は「curramus ....ore!」
  • cytharizat : citharīzō(キタラ/竪琴を弾く)の三人称単数現在citharīzatの変形
    cantico : canticum(n, 歌)の単数奪格
  • dulcis : dulcis(adj, 甘い、喜ばしい、旋律の)の男性/女性単数主格
    Philomena : Philomēla(f, ピロメーラー)の単数主格の中世ラテン語。ギリシア神話に出てくるアテーナイ王パンディーオーンの娘で、鳥に変身させられたとされ、うぐいす(サヨナキドリ)を表す。
  • rident : rīdeō(笑う)の三人称複数現在
  • prata : prātum(n, 草原、牧草地)の複数主格
    serena : serēnus(adj, 清明な、静かな、晴れ渡った)の中性複数主格
    晴れやかな草原はいま色とりどりの花で笑う。
  • salit : saliō(飛ぶ、跳ねる)の三人称単数現在
    cetus : coetus(m, 集合、集まり)の単数主格の中世ラテン語。Br写本にはなく、シュメラーが補ったもので、[HS]はturba salitとしている。
    avium : avis(f, 鳥)の複数属格
  • silve : silva(f, 森、樹々)の単数属格silvaeの別綴
    amena : amoenus(adj, 愛らしい、楽しい)の中性複数対格amoenaの中世ラテン語。名詞用法
    鳥の集まりが森の楽しさを通って飛ぶ。
  • chorus : chorus(m, 輪舞)の単数主格
    promit : prōmō(成長させる、進める)の三人称単数現在
    virginum : virgō(f, 女性、乙女)の複数属格
  • gaudia : gaudium(n, 喜び)の複数対格/主格
    millena : mīllenī(千の)の中性複数対格/主格

上で取り上げているのは第1、2、4節(オルフでの第3曲)で、省略した第3節は《乙女が教養人に語りかけ/動物みたいな俗物を呪い/ビーナスは分かる言葉でみなに語りかけ/熱い光で対話する》という少し不思議な内容です。また5月の魅力を歌うドイツ語の一節がS.101a(CB.138a)で続き、やはり[永野]はこれを本詩の第5節としています。

基本は偶数行の韻です。1、3行目も対になるababcbdbの形にもなりそうですが、第4節が当てはまりません。Br写本では第57葉表の後半に書かれています。

S.106/CB.143. Ecce gratum

S.102S.105(CB.139~142)はいずれも春が来て、冬の間閉じ込められていた恋人あるいは心を寄せる人に会える喜びを歌ったもの。この詩ではそろそろ夏が近づいているようです

S.106/CB.143
Ecce gratumごらん、すてきだ
et optatumそして待ち望んだ
ver reducit gaudia:春が連れ戻す、喜びを:
purpuratum赤紫の装いだ
floret pratum,花が咲く牧場だ、
sol serenat omnia.太陽は輝かせる、万物を。
iam iam cedant tristiaすぐに去らせよう、悲しみどもを
estas redit,夏が戻る、
nunc receditいま引っ込める
hyemis sevitia.冬の厳しさを。
Iam liquescitいまや溶ける
et decrescitそして消し去る
grando, nix et cetera;雹、雪などなどを;
bruma fugit,冬至は逃げる、
et iam sugitそしていまや吸っている
ver estatis ubera;春は夏の乳房を;
illi mens est misera,そいつの心は誘う、哀れみを、
qui nec vivitこんな輩だ、生きもしない
nec lascivitはしゃぎもしない
sub estatis dextera.見上げているのに、夏の右手を。
Gloriantur得意になる
et letanturそして嬉しがる
in melle dulcedinis,蜜の中で、甘い味わいの、
qui conantur,そのかれらは試みる、
ut utanturそれを楽しもうとする
premio Cupidinis;褒美を、キューピッドの;
simus jussu Cypridisかくあれかし、命令で、キプロスの美神の
gloriantes得意になって
et letantesそして嬉しがって
pares esse Paridis.同類であることを、パリスの。

※オルフの曲では各節の末尾に"Ah"を置いています。

  • Ecce : 間投詞=見よ
    gratum : grātus(adj, 愛しい、喜ばしい)の中性単数主格
  • optatum : optātus(望まれた、選ばれた)の中性単数主格 < optō(選ぶ)の完了過去分詞
  • ver : vēr(n, 春)の単数主格。[SS]でのみ大文字。ほか、Sol、Estas、Hyemisも同じ
    reducit : redūcō(導く、連れてくる)の三人称単数現在
  • purpuratum : purpurātus(adj, 紫をまとった)の中性単数主格/対格
  • floret : flōreō(花咲く、栄える)の三人称単数現在
    pratum : prātum(n, 牧場)の単数主格/対格
    purpuratum、pratumはともに主格で「赤紫の装いの牧場が花咲く」
  • serenat : serēnō(明るくする、清らかにする)の三人称単数現在
  • cedant : cēdō(動く、離れる、消え去る)の三人称複数現在接続法
    tristia : trīstis(adj, 悲しい)の中性複数主格
    iam iamで直ちに。[SC]ではiamiamと1語になっている。行末は[SC][HS][SS]で感嘆符。BR写本、[ORF]にはない。
  • estas : aestās(f, 夏)の単数主格の中世ラテン語。[ORF]はaestasとしているが、変化形では中世ラテン語を用いたりしている。
    redit : redeō(戻る、再現する)の三人称単数現在
  • recedit : recēdō(退く、引っ込む、引退する)の三人称単数現在
  • hyemis : hyems(f, 冬=hiems)の単数属格。
    sevitia : saevitia(f, 怒り、暴力)の単数主格の中世ラテン語
  • liquescit : liquēscō(溶ける、流動化する)の三人称単数現在
  • decrescit : dēcrēscō(減少する、消えていく)の三人称単数現在
  • grando : grandō(f, あられ、ひょう)の単数主格
    nix : nix(f, 雪)の単数主格
    cetera : cēterus(adj, 他の、残りの)の女性単数主格の名詞用法。Br写本ではethera
  • bruma : brūma(f, 冬至、冬の寒さ)の単数主格
    fugit : fugiō(逃れる、急いで過ぎる)の三人称単数現在(fūgitなら完了)
  • sugit : sūgō(吸う)の三人称単数現在。Br写本ではsurgit
  • estatis : aestās(f, 夏)の単数属格の中世ラテン語。ここは[ORF]もestatis
    ubera : ūber(f, 乳房、豊かさ)の複数対格
    [HS]はveris tellus ubera(大地が春の乳房を)。
  • illi : ille(あれ/それ/彼/彼女)の男性単数与格(所有の与格)
    mens : mēns(f, 心、理性、精神)の単数主格
    misera : miser(adj, 貧しい、惨めな)の女性単数主格
    次のような(夏に守られていても楽しまない)人の心は哀れである、ということだが、語尾を「を」に揃え、かつ「吸う」の目的語と混同されないようにするため、「哀れみを誘う」と動詞にして訳している
  • nec : 副詞=~でもない
    vivit : vīvō(生きる)の三人称単数現在
  • lascivit : lascīviō(はしゃぐ)の三人称単数現在
  • dextera : dextera(f, 右手、友情の約束)の単数奪格dexterā。マタイ25の、右に分けられた羊が祝福されるというあれ。
    右手の下でということだが、subは下から上への方向を表すので(脚韻のために)「右手を見上げて」とした。
  • gloriantur : glōrior(誇る、自慢する、勝利する)の三人称複数現在
  • letantur : laetō(喜びをもたらす)の三人称複数現在受動形laetanturの別綴
  • melle : mel(n, はちみつ、甘さ)の単数奪格
    dulcedinis : dulcēdō(甘い味わい)の単数属格
  • conantur : cōnor(試みる)の三人称複数現在
    このqui~が前の3行の主語節になる。「~を試みるものたちが、甘い味わいの蜜の中で得意になりそして嬉しがる」
  • utantur : ūtor(使う、利用する、楽しむ、出会う)の三人称複数現在接続法。奪格支配で~を。
    utは接続法支配で「~するように」という目的文を導く
  • premio : praemium(n, 賞、褒美)の単数奪格praemiōの中世ラテン語
    Cupidinis : Cupido(m, キューピッド)の単数属格
    キューピッドの褒美を楽しもうと試みるものたちが、甘い味わいの…
  • simus : sum(である)の一人称複数現在接続法
    jussu : jussus(m, 命令)の単数奪格
    Cypridis : Cypris(f, キプロス)の単数属格。キプロスの島で特に崇められたというビーナス。
    ビーナスの命令はParidisの訳注を参照。
  • gloriantes : glōrior(誇る、自慢する、勝利する)の現在分詞glōriāns(得意な、誇らしい)の男性複数主格
  • letantes : laetō(喜びをもたらす)の現在分詞laetāns(喜んでいる)の男性複数主格別綴
  • pares : pār(adj, 等しい、同様)の男性複数対格の名詞用法
    esse : sum(である)の現在不定詞
    Paridis : Paris(m, パリス)の単数属格。パリスはトロイアの王子でヘカベの息子。最も美しい女神へ捧げるとされた黄金の林檎をめぐって争う三女神のうち、世界一の美女を娶らせると言ったアフロディーテ(ビーナス)を選んだ(パリスの審判)。これに応えてビーナスはパリスにスパルタ王妃ヘレネー(ヘレナ)を奪うよう命じ、これがトロイア戦争の発端となった。結末はともかく、ビーナスの命を受けて世界一の美女を娶り得意になろうということ。
    ルーベンスが描くパリスの審判

韻はaabaabbccbとなっています。意味からしても3行+3行+4行でしょうか。オルフでは第5曲です。

S.106a(CB.143a)として、騎士に可愛がられた女性の歌がドイツ語で続き、やはり[永野]はこれを本詩の第4節としています。Br写本では第59葉表の後半に書かれています。ネウマ付きです。

S.108a/CB.145a. Were diu werlt alle min

S.107(CB.144)では「夏がいまやって来た」と新緑のもとでの恋を歌い、S.108(CB.145)では「ミューズが歌と来る」と小鳥たちが囀る草原を歌います。それに続くドイツ語の節です。

S.108a/CB.145a
Were diu werlt alle minたとえ世界全部が私のものでもだ
von deme mere unze an den Rin,海からライン川までもだ、
des wolt ih mih darben,そのためなら、私は捨ててしまうぞ、
daz diu chünegin von Engellant,それで王妃を英国から、
lege an minen armen.抱けるなら、私の腕にだぞ。

※オルフの曲では末尾に"Hei!"を置いています。

  • were : 〔MHD〕→wäre
    diu : 〔MHD〕→die
    werlt : 世界〔MHD〕→Welt,f
  • deme : 〔MHD〕→dem
    mere : 海〔MHD〕→Meer,n
    unze : 〔MHD〕→um zu
    Rin : ライン川〔MHD〕→Rhein,m
  • des : それで、そのために〔MHD〕(→deshalb)
    wolt : ~したい、望む〔MHD〕→wollen
    mih : 〔MHD〕→mich
    darben : 無くて困る、欠乏して苦しむ〔D〕
  • chünegin : 女王、王妃〔MHD〕→Königin,f。[HS]ではchunich(王)。Br写本ではchunichを横線で消して上にdiu chüneginと訂正が入っている。構文的にもchunichが古い読み。[丑田1974, p.151]によればchunich von Engellantはキリストとする解釈もあるという
    Br写本での訂正
    Engellant : 英国〔MHD〕→England,n
    この王妃は、元フランス王ルイ7世妃でのちにイングランド王ヘンリー2世の妃となったエレノア(アリエノール・ダキテーヌ)だとされる。十字軍に参加したり吟遊詩人を庇護したりと活躍し、perpulchra(per=over+pulchra=beautiful)と称される美人だったという。
  • lege : 横たえる〔D〕
    armen : 腕〔D〕[HS]は単数形arme。Br写本もarmeだったものにnが追記されている。単数形を使うのは13世紀初期の特徴を示しているという。

オルフでは第10曲です。[永野]はこれをS.108/CB.145の第7節とし、校訂版に従って「イギリスの王様を」と女性の立場で訳しています(さらに「全世界が妾のもになるなら/あきらめてもいいわ/イギリスの~抱くのをね」と話が逆になっていますね…)。Br写本では第60葉表の先頭に書かれています([植田,p.94]はこれにTaugen minne diu ist gůt(秘められた恋は素晴らしい)と始まるS.136a/CB.175aを続けて一連の詩として扱い、騎士道的ミンネの讃美の例としています。ただし一連とする根拠ははっきりしません)。

S.112/CB.149. Floret silva

S.109S.109a(CB.146、146a)はフィロメーナ(ナイチンゲール)の歌声に寄せてあこがれの人を歌い、S.110S.111a(CB.147~148a)は季節よりもビーナスに比重をおいた恋の歌になっています。そして美しい森と乙女の嘆き:

S.112/CB.149
Floret silva nobilisはなやぐ森、気品があって
floribus et foliis.花で、そして葉でもって。
Ubi est antiquusどこにいるの昔のひとは
meus amicus?私の恋人は?
hinc equitavit!ここから馬に乗ってしまったの!
eia, quis me amabit?さぁ、だれが私を愛してくれるの?
Floret silva undique,はなやぐ森、いたるところで、
nah mine gesellen ist mir wê.求メルノガ、私ノ若者ヲ、私ニハ苦痛。
Gruonet der walt allenthalben,青々トシテルノ森ハ、至ルトコロデ、
wâ ist min geselle alse lange?ドコニイルノ私ノ若者ハ、カクモ長ク?
der ist geriten hinnen,彼ハ馬ニ乗ッテ行ッタ、ココカラ、
o wî, wer sol mich minnen?オゥィ、ダレガ私ヲ愛シテクレルカシラ?

※オルフの曲では各節の末尾およびリフレインの前に"Ah"を置いています。

  • silva : silva(f, 森、樹々)の単数主格
    nobilis : nōbilis(adj, 高貴な)の女性単数主格
  • floribus : flōs(m, 花)の複数奪格
    foliis : folium(n, 葉)の複数奪格
  • ubi : 副詞=どこにおいて、いつ
    antiquus : antīquus(adj, 古い、昔の、年取った)の男性単数主格
  • meus : meus(adj, 私の)の男性単数主格
    amicus : amīcus(adj, 友の)の男性単数主格の名詞用法
  • hinc : 副詞=ここから、これ故、次に
    equitavit : equitō(馬に乗る)の三人称複数完了
  • eia : 間投詞=さぁ、見て!、いいね!など喜びや熱意を表す。hēiaと同じ。Tanzlied(踊り歌)で使われる掛け声もしくは呼びかけのようなものらしい。例えばシューマンの作品78第1曲(リュッケルト詩)など。
    amabit : amō(愛する)の三人称単数未来
  • undique : 副詞=至るところ、周り全てで
    Br写本ではこの頭にRefl.とされており、[SC]ではここからを第2節にして節全体がリフレイン。一方[HS]では、7~8行目は第1節に含めてリフレインとし、9行目からを第2節としている(gruonetの頭が赤大文字)。
  • nah : ~の方へ、~に従って〔MHD〕→nach。〔MHD〕は中高ドイツ語、→は対応する現代ドイツ語(以下同様)
    gesellen : 仲間たち、若者たち〔D〕Geselle,m。〔D〕はドイツ語(以下同様)
    : 苦しみ、心痛〔MHD〕→Weh,n
  • gruonet : 青々としている〔MHD〕→grünen
    walt : 森〔MHD〕→Wald,m
    allenthalben : 至るところで〔D〕
  • : どこに〔MHD〕→wo
    min : 私の〔MHD〕→mine
    alse : このように、これほどに〔MHD〕→also
    lange : 長い〔D〕
    alse langeをalte langeの誤りと見れば、ラテン語のantiquusに対応するという意見もある。
  • geriten : 馬に乗って〔MHD〕→geritten
    hinnen : ここから〔D〕
  • : 間投詞。o wîのほかouwî、ôwî、owîなども同類。おぅぃ、という感じか
    sol : ~することになる〔MHD〕→soll < sollen
    minnen : 愛する〔D〕

この詩も後半がドイツ語ですが、Br写本では2回めのFloret(7行目)がRefl.とされて続いていることもあり、シュメラー版、批判校訂版ともに枝番号で分けずに一つの詩としています。第60葉裏の後半に書かれています。オルフでは第7曲です。

この先、夏の恋の傷を歌うS.122(CB.160)の次、第64葉裏には、鳥や動物たちのいる森を描いた絵が含まれています。

この向かいのページにあたる第65葉表に置かれたドイツ語詩S.123a(CB.161a)には、「あらゆる鳥のさえずり」「野はたくさんの花とクローバーで一杯」「緑の化粧だ美しい森は」といった表現が見られます。

S.129a/CB.167a. Swaz hie gat umbe

S.113S.123a(CB.150~161a。S.116bがCB.154に対応するので、番号が一つずれます)はまだ自然や季節とともに恋を歌う詩が多いですが、徐々に神話的なエピソードなどが盛り込まれるようになり、S.124S.128a(CB.162~166a)では恋の喜びや悩みそのものが主題になります。S.129(CB.167)は留学生が故郷の幼なじみを想う歌。その最終節にドイツ語の詩が続きます。

S.129a/CB.167a
Swaz hie gat umbe,誰だってここで舞い回るのは、
daz sint allez megede,それはみな乙女たちなのさ、
die wellent ân man彼女たちは望む、男なしを
alle disen sumer gan.すべてこの夏それで行くことを。

※オルフの曲では末尾に"Ah! Sla!"を置いています。

  • Swaz : 何でも、誰でも〔MHD〕
    hie : ここ〔MHD〕→hier
    gat : 行く〔MHD〕→geht < gehen
    umbe : ~の周りを〔MHD〕→um
  • sint : 〔MHD〕→sind
    allez : 〔MHD〕→alles、[HS]はalle
    megede : 乙女〔MHD〕→Mädchen,n
  • wellent : ~したい、望む〔MHD〕→wollen
    ân : ~なしに〔MHD〕→ohne
  • alle : すべて。中性名詞の夏を修飾するならallen([HS]はそうなっている)だが、[SS]、[SC]、Br写本は'alle'
    sumer : 夏〔MHD〕→Sommer,m
    gan : 行く、過ごす〔MHD〕→gehen(?)
    [HS]が行末に感嘆符を置いて[SS]もそれに倣っているが、Br写本=[SC]=[ORF]にはない。

Br写本では第67葉裏の中ほどに書かれています。オルフでは第9曲です。

S.136/CB.174. Veni, veni, venias

S.130S.135a(CB.168~173a)は基本的に恋する人を想ったり讃えたりする歌ですが、S.134(CB.172)でサイコロ台の賭け事師(histrio tesseribus)といった表現が出てきたり、少し雰囲気が変わってきています。この詩もかなり陽気でふざけた要素が。

S.136/CB.174
Veni, veni, venias,来て、来て、来ておくれ、
ne me mori facias,私を死なせないでおくれ、
hyrca, hyrce, nazaza,ヒルカ、ヒルケ、ナザザ
trillirivos!トリリリボス!
Pulchra tibi facies,美しい、あなたの顔が、
oculorum acies,目のきらめきが、
capillorum series,髪のウェーブが、
o quam clara species!おぉなんとすらりとした姿が!
Rosa rubicundior,バラよりも赤く、
lilio candidior,ユリよりも白く、
omnibus formosior,誰よりも美しく、
semper in te glorior!いつもあなたを誇りと思しく!
  • veni : veniō(来る)の二人称単数現在命令法
    venias : veniō(来る)の二人称単数現在接続法
  • mori : morior(死ぬ)の不定詞
    facias : faciō(する、作る)の二人称単数現在接続法
  • hyrca : ナンセンス語だが、雄山羊だとか、hyrax(ハイラックス、岩狸)やHyrcania(ヒルカニア、カスピ海沿岸の肥沃な土地)を思わせるという説も。
    hyrce : 同様のナンセンス語。雌山羊とも。男女が互いを山羊として呼びかけあってるという説明がいくつか見られる
    nazaza : ナンセンス語だが、案外いろんなところで使われているものでもある。オーストリアの貴族の姓に由来するという説もあるらしい(Die Chroniken der fränkischen Städteより)
    [HS]ではhyria hyrie nazaza、またJ.A.Symondsの"Wine, Women, and Song"のようにHyria hysria nazazaという表現も見られる。[FBK]の注では「ラララ」と歌う類だろうと
  • trillirivos : これも意味不明のナンセンス語。仮にtri lliri vosと分解してみれば“3つのlliriあなたを”で、lliriはカタルーニャ語ならユリ。スペイン語でもlirioがユリでいずれもラテン語liliumからの派生だから、喚起するイメージはそれに近いものかも知れない。あるいはtrilliriに注目すると、マリオ・カルリの小説Trillirì(Teresa Leryの愛称だそうだ。1922年)、アントニオ・コンテの"Le avventure di Trillirì"(1930年)があり、またアッティリオ・ムッシーノのGigi, Gigetta e Trillirì(1911年)では妖精として描かれたりしていて、北欧のトロルとも通じるのかなと思ったりもする。裏付けとなる資料は今のところ見当たらないが。
    行末は[HS][ORF][SS]が感嘆符、[SC]は(自信なさげに?)…を採用
  • tibi : (あなた)の与格
    tuaでなくtibiなのは、quod nomen tibi est?と同様の所有の与格で、「あなたに美しい顔がある」「あなたは美しい顔を持っている」
  • oculorum : oculus(m, 目)の複数属格
  • capillorum : capillus(m, 髪)の複数属格
    series : seriēs(f, 続き、シリーズ)の複数主格
  • quam : 副詞=どのように、いかに
    clara : clārus(adj, クリアな、明瞭な、有名な、すらりとした)の女性単数主格
    species : speciēs(f, 外観、景色、形)の単数主格
    行末はBr写本以外は感嘆符
  • rosa : rosa(f, バラ)の単数主格/奪格
    rubicundior : rubicundus(adj, 赤い)の女性単数主格比較級
  • lilio : līlium(n, ユリ)の単数奪格
    candidior : candidus(adj, 輝く白さ、明るい)の女性単数主格比較級(本来は中性のcandidiusだがrubicundiorと語尾を合わせた?)
  • omnibus : omnis(adj, 全ての)の複数奪格の名詞用法
    formosior : fōrmōsus(adj, 美しい)の男性単数主格比較級(本来は中性複数のformosiora?)
  • te : (あなた)の奪格
    glorior : glōrior(自慢する)の一人称単数現在。+in+奪格=~を誇りに思う
    行末はBr写本以外は感嘆符

オルフでは第20曲です。 S.136a(CB.174a)のChume, chumは上とほぼ同じ内容のドイツ語詩ですが、S.112/CB.149のときとは違って枝番号が与えられています。

S.136a/CB.174a
Chume, chum, geselle min,おいでよ、おいで、若者よ私のね、
ih enbite harte din,私は待ち待ち焦がれる、あなたをね、
ih enbite harte din,私は待ち待ち焦がれる、あなたをね、
chume, chum, geselle min.おいでよ、おいで、若者よ私のね、
Sůzer rosenvarwer munt,甘いバラ色の口よ、
chum uñ mache mich gesunt,おいで、そして私を元気にしてよ、
Chum uñ mache mich gesunt,おいで、そして私を元気にしてよ、
sůzer rosenvarwer munt.甘いバラ色の口よ。
  • chume : 来る〔MHD〕→kommen
    chum : 来る〔MHD〕→kommen。[SS]のみ。Br写本、[SC]、[HS]ともにchume
    geselle : 仲間、若者〔D〕
  • ih : 〔MHD〕→ich
    enbite : 待つ〔MHD〕
    harte : 待ち焦がれる〔D〕→harren
    din : 〔MHD〕→deiner?(harrenは古くは2格支配)
  • この行の反復は、作曲上のものではなく、元の詩での繰り返し
  • [SS]は1行目を反復しているが、Br写本、[SC]、[HS]ではchum, chum,...
  • Suzer : 甘い〔MHD〕→süß
    rosenvarwer : バラ色の〔MHD〕→rosenfarbener < farben(染める)
    munt : 口〔MHD〕→Mund,m
  • : 〔MHD〕→und。[HS]ではvnde
    gesunt : 健康な、元気な〔D〕

[永野]ではS.136/CB.174の第4~5節としています。Br写本では第69葉裏の上部に書かれています。オルフでは第9曲中間部。

S.138/CB.177. Stetit puella

S.137(CB.175)は《愛神に弓で射られた》という歌、そのaはドイツ語詩ですが、bは格言詩で毛色が違っています(CB.は176)。そしてこの素敵な求愛詩になります。

S.138/CB.177 (s1,2)
Stetit puella立っていた、少女が
rufa tunica;赤いトゥニカで;
si quis eam tetigit,ほら誰かがそれに触れた、
tunica crepuit.トゥニカは衣擦れの音を立てた。
Eia.エイァ
Stetit puella立っていた、少女が
tamquam rosula;まるで小さなバラが;
facie splenduit,顔は輝いていた、
os eius floruit.彼女の唇は花開いていた。
Eia.エイァ
  • stetit : stō(立つ)の三人称単数完了
    puella : puella(f, 少女)の単数主格
  • rufa : rūfus(adj, 赤い)の女性単数奪格
    tunica : tunica(f, シャツ、風の上張り)の単数奪格。トゥニカは古代ギリシャ、ローマで用いられた膝まである着物。今のチュニックの元祖。
    なんとか語尾を-aにしようと何度も訳し直したが、やはりここは奪格の簡潔さによる素朴なイメージを生かすことにした。
  • si : 接続詞=~すると、~ならば
    quis : quis(誰、何)の男性/女性単数主格。[SC]=Br写本ではsiquisと一語
    eam : is(それ、彼、彼女)の女性単数対格
    tetigit : tangō(触る、着く)の三人称単数完了
  • crepuit : crepō(カタカタ、サラサラ音を立てる)の三人称単数完了。語源的には擬音語でカラカラという乾いた感じの音(たぶん)に通じる。
  • このEiaは原詩に使われているもの。Tanzlied(踊り歌)であることをうかがわせるが、Eia popeiaはドイツの子守唄でもあるので、オルフにはそういう印象もあったかと考えてみるのも楽しい。なお行末は[HS]のみ感嘆符。
  • tamquam : 副詞=あたかも、同じように
    rosula : rosa(f, バラ)+接尾辞-lus(小さい、若い)の女性形
  • facie : faciēs(f, 顔、容貌、姿形)の単数奪格?単数主格の別綴?
    splenduit : splendeō(輝く)の三人称単数完了
  • os : ōs(n, 口、唇、顔)の単数主格
    eius : is(それ、彼、彼女)の女性単数属格
    floruit : flōreō(花開く)の三人称単数完了
    ボッティチェリ「春」でのクロリス(フローラに変身する)のような口元から花が溢れているイメージというよりは、輝く顔の中でその唇が花のように魅力的という感じ。[SS]は略しているが、Br写本を含め行頭にet

オルフでは第17曲です。このあと第3節はラテン語と中高ドイツ語が混在したマカロニックで書かれます。

S.138/CB.177 (s3)
Stetit puella bi einem bovme,立っていた、少女が、1本ノ樹ノ下ニ
scripsit amorem an eime lovbe.書いた、愛を、1枚ノ葉ニ。
dar chom Uenus also fram;スルトヤッテ来タ、びーなすハ素早イ;
caritatem magnam,愛情を、大きい、
hohe minne高キ純愛ヲモッテ
bot si ir manne.捧ゲタ、彼女ハ恋人ニアテ。
  • bovme : 木〔MHD〕→Baum,m
  • lovbe : 葉〔MHD〕→Laub,n
  • fram : 敬虔な〔MHD〕→fromm
  • minne : ミンネ、宮廷風/騎士道的恋愛。オルフの曲解説の補足「恋心あるいは愛の法廷」も参照。
  • manne : 多くの、多様な〔MHD〕→mannigfach

Br写本では第70葉表の上部に書かれています。

S.140/CB.179. Tempus est iocundum

S.139(CB.178)は《男らしく、女に媚びたりしない》と強気に始まるものの最後は《おれはお前の被告》になります。S.139a(CB.178a)はドイツ語で《夏を歓迎して踊ろう》と。そしてこの歌も踊りが感じられます。

S.140/CB.179 (s1,4,7,5,8)
Tempus est iocundum,時だぞ、喜びの、
o virgines,おぉ、乙女たちよ、
modo congaudete今こそともに楽しめ
vos iuvenes.きみたち若者よ。
Oh, oh, oh,おぉ、おぉ、おぉ、
totus floreo,すっかり私は花盛り、
Iam amore virginaliいまや愛で、乙女への
totus ardeo,すっかり燃え上がり、
novus, novus amor est,新しい、新しい愛だ、
quo pereo.それで死んでしまったり。
Mea me confortat私のそれが私を勇気づける
promissio,その約束が、
mea me deportat私のそれが私を落ち込ませる
negatio.その拒絶が。
Oh, oh, oh,おぉ、おぉ、おぉ、
totus floreo,すっかり私は花盛り、
Iam amore virginaliいまや愛で、乙女への
totus ardeo,すっかり燃え上がり、
novus, novus amor est,新しい、新しい愛だ、
quo pereo.それで死んでしまったり。
Tempore brumali時なら、真冬の
vir patiens,男は忍耐する、
animo vernali躍動のもとでは、春の
lasciviens.気ままにする。
Oh, oh, oh,おぉ、おぉ、おぉ、
totus floreo,すっかり私は花盛り、
Iam amore virginaliいまや愛で、乙女への
totus ardeo,すっかり燃え上がり、
novus, novus amor est,新しい、新しい愛だ、
quo pereo.それで死んでしまったり。
Mea mecum ludit私のそれが私と戯れる
virginitas,その処女性が、
mea me detrudit私のそれが私を制止する
simplicitas.その純真さが。
Oh, oh, oh,おぉ、おぉ、おぉ、
totus floreo,すっかり私は花盛り、
Iam amore virginaliいまや愛で、乙女への
totus ardeo,すっかり燃え上がり、
novus, novus amor est,新しい、新しい愛だ、
quo pereo.それで死んでしまったり。
Veni, domicella,おいで、お嬢さん、
cum gaudio,喜びも一緒になり、
veni, veni, pulchra,おいで、おいで、美人さん、
iam pereo.いまや、死んでしまったり。
Oh, oh, oh,おぉ、おぉ、おぉ、
totus floreo,すっかり私は花盛り、
Iam amore virginaliいまや愛で、乙女への
totus ardeo,すっかり燃え上がり、
novus, novus amor est,新しい、新しい愛だ、
quo pereo.それで死んでしまったり。
  • tempus : tempus(n, 時、時間)の単数主格/対格
    iocundum : iūcundus(adj, 喜ばしい)の中性単数主格の別綴
  • virgines : virgō(f, 少女)の複数主格/対格
  • congaudete : congaudeō(~と喜ぶ)の二人称複数現在命令法
  • iuvenes : iuvenis(f, 若い人)の男性複数主格/対格
  • シュメラー版ではO. o.、[HS]ではo! o!だけれど、ここはオルフの歌詞に合わせてOh!を3回とした。
  • totus : tōtus(adj, 全部の)の男性単数主格
    floreo : floreo(花開く)の一人称単数現在
    [SS]は行末感嘆符。[HS]は他の行も含め、感嘆符が多い。
  • virginali : virginālis(adj, 少女の、処女の)の男性/女性/中世単数奪格
  • ardeo : ārdeō(燃える、焼ける)の一人称単数現在
  • novus : novus(adj, 新しい)の男性単数主格
  • quo : 副詞/接続詞=そこで、そのために、それ
    pereo : pereō(消え去る、死ぬ)の一人称単数現在
    [HS]は行末感嘆符。[SS]はランダムに感嘆符があったりなかったり。
  • confortat : cōnfortō(非常に強くする)の三人称単数現在
    Mea(私の)を次の行のpromissioが受ける
  • promissio : promissiō(f, 約束)の単数主格
    私の約束が私を勇気づける
  • deportat : dēportō(取り去る、落ち込ませる)の三人称単数現在
  • negatio : negātiō(f, 拒絶、否定)の単数主格
  • tempore : tempus(n, 時、時間)の単数奪格
    brumali : brūmālis(adj, 冬の、冬至の)の中性単数奪格
  • vir : vir(m, 大人の男)の単数主格
    patiens : patiēns(adj, 耐える、忍ぶ)の男性単数主格
  • animo : animus(m, 心、生命力、元気)の単数与格/奪格
    vernali : vernālis(adj, 春の)男性/女性単数与格/奪格
  • lasciviens : lascīviō(ふざける、浮かれ騒ぐ)の現在分詞の男性単数主格
  • ludit : lūdō(遊ぶ、なぶる、いびる)の三人称単数現在
  • virginitas : virginitās(f, 処女性)の単数主格
  • detrudit : dētrūdō(突き落とす、押し出す)の三人称単数現在
  • simplicitas : simplicitās(f, 単純さ、素直さ)の単数主格
  • domicella : domina(f, 淑女、奥様)の(指小辞語dosninicellaの)中世ラテン語。→demoiselle(仏:未婚女性)、damsel(英:女の子)
  • pulchraがbellaになっている写本あり。

上に示したのは、オルフが第22曲に選んだ第1、4、7、5、8節です(男声/女声に交互に歌わせるために節の順序を入れ替えています)。省略した第2、3、6節ではそれぞれフィロメーナ、バラの女王、フィロメーナを歌います。基本的には偶数行の韻です(第2節だけ乱れています)。Br写本では第70葉裏に書かれています。ネウマ付きです。

S.141/CB.180. O mi dilectissima!

S.140a(CB.179a)はドイツ語で《ある女性に手紙を書いた》というもの。それに続くという感じではないけれども、これも恋文の歌で、第1節でまず恋人に《手紙で書いたことを読んで》と語りかけます。第2~4節では白と赤に輝く、気品の高さ、甘く優しいなどの賛辞がおくられ、第5節から最後まで:

S.141/CB.180 (s5-7)
Circa mea pectoraあたりには、私の心の
multa sunt suspiriaたくさんある、ため息が
de tua pulchritudine,あなたの美しさのゆえに、
que me ledunt misere.それは私を傷つける、惨めに。
Manda liet, manda liet喜ビ歌ゴコロ、喜ビ歌ゴコロ
min geselle chumet niet.私ノ恋人ハ、来ルコトナカロ。
Tui lucent oculiあなたの輝く目が
sicut solis radii,あたかも太陽の光だ、
sicut splendor fulgurisあたかもきらめき稲妻のように
lucem donat tenebris.光を与える、暗闇に。
Manda liet, manda liet喜ビ歌ゴコロ、喜ビ歌ゴコロ
min geselle chumet niet.私ノ恋人ハ、来ルコトナカロ。
Vellet deus, vellent dii叶え給えば神が、叶え給えば神々が
quod mente proposui:わたしが心に決めたことを:
ut eius virgineaつまり彼女の処女の
reserassem vincula.鍵を開けるという、その鎖の。
Manda liet, manda liet喜ビ歌ゴコロ、喜ビ歌ゴコロ
min geselle chumet niet.私ノ恋人ハ、来ルコトナカロ。

※オルフの曲では各節の末尾に"Ah"を置いています。

  • circa : 副詞=周囲で/前置詞=~の周りで、~の近くで、~の頃。対格支配
    pectora : pectus(n, 胸、心)の複数対格
  • multa : multus(adj, たくさんの)の中性複数主格の名詞用法
    suspiria : suspīrium(n, ため息、深呼吸)の複数主格/対格
  • de : 前置詞=~から。奪格支配
    pulchritudine : pulchritūdō(f, 美)の単数奪格
  • ledunt : laedō(傷つける)の三人称複数現在laeduntの別綴。複数なので、ため息が主語
    misere : 副詞=惨めに
  • manda : 喜ぶ〔MHD〕menden=sich freuen。ラテン語mandō(運ぶ、渡す、委託する)とみる考え方もある
    liet : 歌〔MHD〕→Lied
    [HS]ではmandalietと一語になっており、[SS]印刷譜も同じ(に見える)。一方で[SC]はmanda lietと分けて綴っており、[ORF]も微妙ながら分けているように見えるので、単語を分けておく。ドイツ語StackExchangeでは、mandaはMänner(Mannの複数形)、lietはLeute(人々)で「男たち、みんな」と呼びかけているという説が支持されている。分けない立場からは、mandalietは意味のない囃子詞という説もある。
  • geselle : 仲間、恋人〔MHD〕→Geselle,m
    chumet : 来る〔MHD〕→kommt < kommen。[HS]ではchǒmet。kûmet(悲しむ→kümmern)という読みもあるという。
    niet : ~でない〔MHD〕→nicht
  • lucent : 動詞lūceō (光る、輝く)の三人称複数現在
    oculi : oculus(m, 目)の複数主格
  • sicut : 副詞=ちょうど、~のように
    solis : sōl(m, 太陽)の単数属格
    radii : radius(m, 光線、直径)の複数主格
  • splendor : splendor(m, 輝き、きらめき)の単数主格
    fulguris : fulgur(n, 稲妻)の単数属格
  • lucem : lūx(f, 光)の単数対格
    donat : dōnō(与える、贈る)の三人称単数現在
    tenebris : tenebra(f, 暗闇)の複数与格
    オルフは略しているが、Br写本、[SC]、[HS]いずれも行頭にqui
  • vellet : volō(望む、欲する)の三人称単数未完了接続法
    deus : deus(m, 神)の単数主格/呼格
    vellent : volō(望む、欲する)の三人称複数未完了接続法
    dii : deus(m, 神)の複数主格/呼格。[HS]ではdi
  • proposui : prōpōnō(知らしめる、宣言する、提案する)の一人称単数完了
  • virginea : virgineus(adj, 処女の)の女性単数属格virgineaeの別綴
  • reserassem : reserō(解錠する、開く)の一人称単数過去完了接続法
    vincula : vinculum(n, 鎖、綱)の複数対格

オルフでは第18曲です。S.141a(CB.180a)はドイツ語で《ともに野に出よう》と歌って、ちょっと感じが違います。Br写本では第71葉表の上部に書かれています。ネウマ付きです。

S.144/CB.183. Si puer cum puellula

S.142(CB.181)は求愛の歌、同aはドイツ語、なぜかここで冬の厳しさを嘆きます。S.143(CB.182)は太陽の輝きで始める恋の歌、同aは明るい夏をドイツ語で。続くこの詩は恋の踊りの歌のようです。

S.144/CB.183
Si puer cum puellulaもし男の子が女の子と一緒に
moraretur in cellula,逗まったら、小部屋に、
Felix coniunctio.幸せな結びつきになるから。
Amore suscrescente,愛が成長するので、
pariter e medioお互いのその間から
avulso procul tedio,取り払われる、退屈がそこから、
fit ludus ineffabilis遊びがはじまる、言葉にならないで
membris, lacertis, labiis,手足で、腕で、唇で、
(Refl.)(リフレイン)
  • puellula : puellula(f, 女の子)の単数奪格
  • moraretur : moror(滞在する、留まる)の三人称単数未完了接続法
    cellula : cellula(f, 小部屋)の単数奪格
  • felix : fēlīx(adj, 幸せな)の単数主格
    coniunctio : coniunctio(f, 結びつき)の単数主格
  • suscrescente : sus(=sub下から上へ)+crēscō(成長する)の現在分詞crēscēnsの単数奪格
  • pariter : 副詞=同様に、一緒に、同時に。Br写本はparit
    e : 前置詞=~から(=ex)。奪格支配
    medio : medium(n, 中間)の単数奪格
    [HS]ではpari remedio
  • avulso : āvellō(ちぎる、引き裂く)の完了受動分詞āvulsusの男性/中性奪格。[HS]ではpropulso(追い返す、撃退する)で、その方が意味は分かりやすい。Br写本はa--とも読めるがp--の方が近いか。
    procul : 副詞=離れて、遠くへ
    tedio : taedium(n, 疲れ、退屈、悲しみ)の単数与格/奪格taediōの別綴
  • ludus : lūdus(m, 遊び)の単数主格
    ineffabilis : ineffābilis(adj, 言葉にできない)の男性単数主格
  • membris : membrum(n, 手、足)の複数奪格
    lacertis : lacertus(m, 腕)の複数奪格。[HS]では†付きでdesertis(寂しい、打ち捨てられた)。Br写本もそのように読める。
    labiis : labium(n, 唇)の複数奪格
    Br写本はdesertis labilisで、[HS]も留保付きながらこの通りにしている。これだと「手足の力が抜け滑り落ちて」という感じか
  • [SC]では8行目までで終わりで、節も分けていないが、[HS]では節を分け、3~6行目(ただし4~5行目は改行せず1行扱い)をリフレインとしている。Br写本にもRefl.とある。[SS]は、独自に1~3行目を繰り返した。

シュメラー版と校訂版で、単語やリフレインの扱いに違いが見られます。Br写本では第71葉裏の下部から始まっています。オルフでは第19曲です。

S.144aS.146(CB.183a~185)はドイツ語です。S.147(CB.186)においてラテン語でフローラが歌われ、この第72葉に次の挿画が置かれています。

続くS.148S.153は物語や叙事詩で、シュメラー版ではS.CXLVIIIS.CLIIIとして「真面目編」に置かれていますが、批判校訂版ではCB.97~102として「恋の歌編」に入っています。S.154S.169(CB.103~118)はシュメラーでも恋の歌です。

酒、遊びの歌編

S.CLXXに対応するCB.187からは、批判校訂版では酒の歌編となります。シュメラー版ではS.CLXXIIa(CB.192)までは「真面目編」ですが、S.173(CB.193)からがpotatoria et lusoria(酒と遊び)という小見出しを与えられています。

S.175/CB.196. In taberna quando sumus

S.173(CB.193)は《ワインvinumと水aquaの争い》、S.173a(CB.194)は《水の神Thetisと酒の神Lyeo》をめぐる格言詩、S.174(CB.195)は《博打にふける遊び人》の歌。そしてこの酒づくしの歌です。

S.175/CB.196
In taberna quando sumus,酒場におれたちがいるときは、
non curamus quid sit humus,気にしない、大地が何たるかは、
sed ad ludum properamus,そうじゃなく博打にはしるわ、
cui semper insudamus.それでいつも汗だくだわ。
Quid agatur in taberna,何がどうなってんのか酒場で、
ubi nummus est pincerna,そこではお金が酒注ぎ係で、
hoc est opus ut queratur,こいつはしくみがどんなか知りたい、
sic quid loquar, audiatur.だからおれが語ること、聞くがいい。
Quidam ludunt, quidam bibunt,某奴らは打ってる、某奴らは飲んでる、
quidam indiscrete vivunt.某奴らは思慮なく生きてる。
Sed in ludo qui morantur,だけど博打にとらわれる奴らがいて、
ex his quidam denudantur,そいつらの某奴らは裸にされて、
quidam ibi vestiuntur,某奴らはそこで服を着せられて、
quidam saccis induuntur.某奴らはずだ袋でくるまれて。
Ibi nullus timet mortem,そこじゃだれも恐れんよ死を、
sed pro Baccho mittunt sortem:そうじゃなくバッカスに投じるぞ運を:
Primo pro nummata vini,最初は金払う奴のために、酒代のだ、
ex hac bibunt libertini;それから飲む、自由民らがつぎだ;
semel bibunt pro captivis,いちど飲む、囚人らのために、
post hec bibunt ter pro vivis,そのあと飲む三たび、生者らのために、
quater pro Christianis cunctis,第四はキリスト教徒全体のために、
quinquies pro fidelibus defunctis,第五は信者で死んだ奴らのために、
sexies pro sororibus vanis,第六は虚しいシスターらのために、
septies pro militibus silvanis.第七は森の兵士らのために。
Octies pro fratribus perversis,第八は邪悪なブラザーらのために、
nonies pro monachis dispersis,第九は散らばった修道僧らのために、
decies pro navigantibus,第十は船乗りらのためな、
undecies pro discordantibus,第十一は喧嘩する奴らのためな、
duodecies pro penitentibus,第十二は悔悛する奴らのためな、
tredecies pro iter agentibus.第十三は旅をする奴らのためな。
Tam pro papa quam pro rege教皇のためで、同じく王のためで
bibunt omnes sine lege.飲むんだ皆が決まり事なんかなしで。
Bibit hera, bibit herus,飲むぞ女将が、飲むぞ旦那が、
bibit miles, bibit clerus,飲むぞ兵士が、飲むぞ坊主が、
bibit ille, bibit illa,飲むぞ彼氏も、飲むぞ彼女も、
bibit servus cum ancilla,飲むぞ下男が、一緒に女中も、
bibit velox, bibit piger,飲むぞ早いの、飲むぞ遅いの、
bibit albus, bibit niger,飲むぞ白いの、飲むぞ黒いの、
bibit constans, bibit vagus,飲むぞ沈着なのが、飲むぞ酔狂なのが、
bibit rudis, bibit magnus.飲むぞ粗野なのが、飲むぞ賢明なのが。
Bibit pauper et egrotus,飲むぞ貧乏人が、そして病人が、
bibit exul et ignotus,飲むぞ追放者が、そして他所者が、
bibit puer, bibit canus,飲むぞ少年が、飲むぞ白髪頭が、
bibit presul et decanus,飲むぞ司祭が、そして助祭が、
bibit soror, bibit frater,飲むぞシスターも、飲むぞブラザーも、
bibit anus, bibit mater,飲むぞ婆さんも、飲むぞ母さんも、
bibit ista, bibit ille,飲むぞ此の女だ、飲むぞ彼の男だ、
bibunt centum, bibunt mille.飲むぞ百人だ、飲むぞ千人だ。
Parum sexcente nummate足りないぞ六百の金ていどで
durant, cum immoderate支えるには、止めるものなしで
bibunt omnes sine meta,飲む時は、みんなが終わりなく、
quamvis bibant mente leta;どんなに飲もうと、心楽しく;
sic nos rodunt omnes gentes,かくしておれたちを誹る、全ての連中がだ、
et sic erimus egentes.そしてかくしておれたちは貧するのだ。
Qui nos rodunt confundantur俺たちを誹る奴は呪われろよ
et cum iustis non scribantur.そして義人と並んでは書かれるなよ。

※オルフの曲では末尾に"Io !"を置いています。

  • sumus : sum(である)の一人称複数現在
  • curamus : cūrō(癒やす、治す、ケアする)の一人称複数現在
    humus : humus(f, 地球、大地、土壌)の単数主格
  • properamus : properō(急ぐ)の一人称複数現在
  • cui : quī(誰、何、それ)の対格
    insudamus : īnsūdō(汗をかく、汗で汚れる)の一人称複数現在
  • agatur : agō(する、作る、行動する)の三人称単数現在受動形接続法
  • ubi : 副詞=どこで、いつ
    nummus : nummus(m, 貨幣)の単数主格
    pincerna : pincerna(m, 酌人、執事、召使)の単数主格
  • opus : opus(n, 作品、必要)の単数主格
    queratur : quaerō(さがす、調べる、求める)の三人称単数現在受動形接続法quaerāturの別綴(queror三人称単数現在接続法と同じなのでややこしい)
  • loquar : loquor(言う、語る)の一人称単数未来
    audiatur : audiō(聞く)の三人称単数現在受動形接続法
    [SS]ではsic(そのようにして)だが、Br写本、[SC]ともにsi(もし)、一方[HS]はsed(しかし)
  • quidam : quīdam(誰か、ある者)の男性複数主格
    bibunt : bibō(飲む)の三人称複数現在
  • indiscrete : 副詞=見境なく、思慮無く
    vivunt : vīvō(生きる)の三人称複数現在
  • qui : quī(誰、何、それ)の男性単数/複数主格
    morantur : moror(遅れる、とどまる、居残る)の三人称複数現在
  • his : hic(この)の複数与格/奪格
    denudantur : dēnūdō(裸にする、略奪する)の三人称複数現在受動形
  • ibi : 副詞=そこで、そして
    vestiuntur : vestiō(服を着せる)の三人称複数現在受動形
  • saccis : saccus(m, 袋)の複数与格/奪格
    induuntur : induō(着る、装う)の三人称複数現在受動形
  • nullus : nūllus(誰もいない、何も~ない)の男性単数主格
    timet : timeō(恐れる、怯える)の三人称複数現在
    mortem : mors(f, 死)の単数対格
  • Baccho : Bacchus(m, 酒神バッカス、ワイン)の単数奪格
    mittunt : mittō(送る、生む)の三人称複数現在
  • nummata : nummātus(adj, 金持ちの、金銭的な)の女性単数奪格の名詞用法
    vini : vīnum(n, ワイン)の単数属格
  • bibunt : bibō(飲む)の三人称複数現在
    libertini : lībertīnus(adj, 自由民の)男性複数主格の名詞用法
  • semel : 副詞=一度
    captivis : captīvus(m, 囚われの身、囚人)の複数奪格
  • ter : 副詞=3回、三度
    vivis : vīvus(adj, 生きている)の複数奪格の名詞用法
  • cunctis : cūnctus(adj, 全体の、集合の)の複数奪格の名詞用法
  • fidelibus : fidēlis(adj, 信じている、忠実な)の複数奪格の名詞用法
    defunctis : dēfungor(死ぬ)の完了分詞dēfūnctusの複数奪格
    レクイエムのオッフェルトリウムに出てくる"fidelium defunctorum"と同じことで、信者であった死者だけが対象というもの。
  • sororibus : soror(f, 姉妹、従姉妹)の複数奪格。修道女でもあるわけだけれど、限定せずにシスター
    vanis : vānus(adj, 空の、些細な、これみよがしの、信じられない)の女性複数奪格
  • militibus : mīles(m, 兵士)の複数奪格
    silvanis : silvanus(adj, 森に住む、森に関する)の男性複数奪格
    「森の兵士」には山賊の意味もあると思われる。
  • fratribus : frāter(m, 兄弟)の複数奪格。修道士でもある
    perversis : perversus(adj, 悪い)の男性複数奪格
  • monachis : monachus(m, 修道僧)の複数奪格
    dispersis : dīspergō(散らばる)の完了受動分詞dispersusの男性複数奪格
  • navigantibus : nāvigō(航海する)の現在分詞nāvigānsの男性複数奪格
  • discordantibus : discordō(異なる、喧嘩する)の現在分詞discordānsの男性複数奪格
  • penitentibus : peniteo(後悔する、懺悔する、悔悛する)の現在分詞の男性複数奪格
  • iter : iter(n, 旅、道)の単数対格
    agentibus : agō(する、作る)の現在分詞agēnsの複数奪格
  • tam : 副詞=そのように、それだけ。tam~quam~=~と同じく~
    papa : pāpa(m, 父、司教、教皇)の単数奪格
    rege : rēx(m, 王)の単数奪格
    この詩が書かれたのは、ローマ教皇と神聖ローマ皇帝が叙任権闘争を繰り広げるなど、教権と俗権が対立していた頃。
  • lege : lēx(f, 法、きまり)の単数奪格
  • bibit : bibō(飲む)の三人称単数現在
    hera : era(f, 女主人)の単数主格の別綴
    herus : erus(m, 主人)の単数主格の別綴
    この辺りからはトマス・アクィナスの「ラウダ・シオン」のパロディだとも言われる。たとえばSumunt boni, sumunt mali: sorte tamen inaequali, vitae vel interitus. (聖体を)拝領する、善いものが、拝領する、悪いものが:分け前はしかし等しくはない、生か死かは。
  • miles : mīles(m, 兵士)の単数主格
    clerus : clērus(m, 僧侶、聖職者)の単数主格
  • ille : ille(あれ)の男性単数主格、彼
    illa : ille(あれ)の女性単数主格、彼女
  • servus : servus(m, 召使、奴隷)の単数主格
    ancilla : ancilla(f, 女中、女奴隷)の単数奪格
  • velox : vēlōx(adj, 素早い)の男性単数主格の名詞用法
    piger : piger(adj, 遅い、のろまな)の男性単数主格の名詞用法
  • albus : albus(adj, 白い、明るい)の男性単数主格の名詞用法
  • constans : cōnstō(同意する、共に立つ、静かに立つ)の現在分詞cōnstānsの男性単数主格の名詞用法
    vagus : vagus(adj, さまよう)の男性単数主格の名詞用法
  • rudis : rudis(adj, 洗練されない、粗野な)の男性単数主格の名詞用法
    magnus : magnus(adj, 大きい、偉大な、優れた)の男性単数主格の名詞用法
  • pauper : pauper(adj, 貧しい)の男性単数主格の名詞用法
    egrotus : aegrōtus(adj, 病気の)の男性単数主格の名詞用法の別綴
  • exul : exul(m, 追放された者、亡命者)の単数主格
    ignotus : īgnōtus(adj, 未知の、知られざる)の男性単数主格の名詞用法
  • puer : puer(m, 男の子、若者)の単数主格
    canus : cānus(adj, 白い、白髪の)の男性単数主格の名詞用法
  • presul : praesul(m, 司祭、行進のリーダー)の単数主格の別綴
    decanus : decanus(m, 参事会長、主任司祭、十人の主)の単数主格
    カトリックではbishop=司教、priest=司祭、deacon=助祭だそうなので、これに準じた。
  • soror : soror(f, 姉妹)の単数主格
    frater : frāter(m, 兄弟)の単数主格
  • anus : anus(f, 老婆、老婦人)の単数主格
    mater : māter(f, 母)の単数主格
  • ista : iste(これ、彼、彼女)の女性単数主格。何故か[SS]はisteになっているが、ここは女性形でないと次と対比されず、[ORF]、[SC]、[HS]ともにistaなので、istaに改めておく。
    「ラウダ・シオン」のQuantum isti, tantum ille:この人のように、あの人もまた
  • centum : 数詞=100
    mille : 数詞=1000
    「ラウダ・シオン」のSumit unus, sumunt mille:拝領する、一人が、拝領する、千人が
  • parum : 副詞=少なすぎる、不足している
    sexcente : 数詞=600
    nummate : nummātus(adj, 金持ちの、金銭的な)の女性複数主格nummātaeの別綴(名詞用法)
    ここは[SS]に従ったが、資料は混乱していて、[SC]ではsexcenteがcentum sex、[HS]ではParum durant sex nummate、Br写本ではParum durant centum sex nummate
  • durant : dūrō(固くする、耐える、支える)の三人称複数現在
    immoderate : 副詞=計り知れず。immoderātus(adj, 計り知れない、過度の)の女性複数主格immoderātaeの別綴
    [SC]ではdurant ubi immoderate、[HS]ではubi ipsi immoderate、Br写本ではubi ipsi inmoderate。ubiはどこで/いつ、ipsiはipse(それ自身)の単数与格。
  • meta : mēta(f, 境界、限界、終点)の単数奪格
  • quamvis : 副詞/接続詞=どれだけ~でも、すきなだけ
    bibant : bibō(飲む)の三人称複数現在接続法
  • rodunt : rōdō(噛む、食べる、誹謗する)の三人称複数現在
    gentes : gēns(f, 人、部族)の複数主格/対格
  • erimus : sum(である)の一人称複数未来
    egentes : egeō(必要である)の現在分詞egēns(困窮している、貧しい)の複数主格/奪格
  • confundantur : cōnfundō(注ぐ、混ぜる、煩わせる)の三人称複数現在受動形接続法
  • iustis : iūstus(adj, 正義の、ただし、正規の)の複数奪格の名詞用法
    scribantur : scrībō(書く)の三人称複数現在受動形接続法
    詩篇68:29(神を信じる者を攻撃する人々について)「彼らをいのちの書から消し去って、義人のうちに記録されることのないようにしてください」の後半が同じ文。

2行単位で韻を踏んでいます(aabbccdd)。オルフでは第14曲です。 Br写本では第87葉裏の中程から始まっています。ネウマはありませんが、歌が復元されています。

この先の酒神Baccheを歌うS.178a(CB.201)が含まれる第89葉裏には、酒を飲む人々の姿が描かれています。

またサイコロtesseraを歌うS.183(CB.207)のある第91葉裏にはカードゲームに興じる人々を描いた絵が含まれています。

S.196/CB.222. Ego sum abbas

サイコロ賭博神デキウスを祈る傑作なミサのパロディS.189(CB.215)を経て、修道院長の登場です。

S.196/CB.222
Ego sum abbas Cucaniensis,わーれこそは、修道院長なるぞ、逆さま楽園のな、
et consilium meum est cum bibulis,そーして我が集会は、飲み助どもとともにだ、
et in secta Decii voluntas mea est,そーして聖サイコロ様へだ、我が願いは、
et qui mane me quesierit in taberna,そーして朝に我を尋ねたものは、酒場で、
post vesperam nudus egredietur,晩課の後、裸になって出て行くであろう、
et sic denudatus veste clamabit:そーしてこのように服を剥がれて叫ぶことになる:
Wafna! Wafna!ワフナ! ワフナ!
quid fecisti sors turpissima?何をお前はしやがったんだ運命よ、最悪な?
Nostre vite gaudiaおれたちの生きる楽しみをな
abstulisti omnia!奪いとっちまった、すべてをな!

※オルフの曲では末尾に"Ha ha!"を置いています。

  • abbas : abbās(m, 修道院長)の単数主格
    Cucaniensis : (コケイン)中世の神話的理想郷。詩においては現実と逆転した世界として描かれることが多く、魚が自分で水から飛び出して食べられるようになるとか、修道院長が修道僧に殴られるとかいった話が書かれているそうだ(すると、この修道院長も…)。英語ではCockaigneだが、19世紀にはCockneysの地(cock's eggに由来)であるロンドンのことをCockaigneと呼ぶようになり、エルガーの「コケイン序曲」が生まれる。ブリューゲルの「怠け者の天国」(原題Das Schlaraffenland)は英語ではThe Land of Cockaigneと呼ばれている。
    [SS]は行末ピリオド、[HS]は無し。[SC]は6行目までを改行なしで散文(前書き)風の扱い。
  • consilium : cōnsilium(n, 集会、評議会)の単数主格
    meum : meus(私の)の中性単数主格
    bibulis : bibulus(adj, 飲むのが好きな)の複数奪格の名詞用法。Biblia(聖書)と掛けているのだろうと思われる。
  • secta : secō(切る、分ける)の完了受動分詞sectusの女性単数/中性複数主格の名詞用法(学派、派)。sanctus(聖なる)の女性単数主格sanctaに掛けていると思われる。
    Decii : dice(サイコロ)をもじった賭博の神様の意味。単数対格?。キリスト教徒を迫害したローマ皇帝Deciusと同じになっているのがブラックユーモア。[SC]のNo.174参照
    voluntas : voluntās(f, 意思、願い)の単数主格
    mea : meus(adj, 私の)の女性単数主格・奪格/中性複数主格・対格。[SS]は次のestと続けてmea'st
    Deciiは主格がDeciusもしくはDecoriumで第二変化とすれば属格。この場合は「聖デキウスの意思/命令」ということになるが、そうすると前置詞inを受けることができずmeaの行き先もなくなってしまう。第三変化の対格と捉えれば、「私の願いは聖デキウスに向かう」と解することができる。
  • mane : 副詞=朝に
    quesierit : quaerō(尋ねる)の三人称単数完了接続法quaesīeritの別綴
    taberna : taberna(f, 店、宿、酒場)の単数奪格
    [SS]は行末のカンマなし
  • post : 前置詞=~のあと、うしろ。対格支配
    vesperam : vespera(f, 夕方、晩課)の単数対格。あるいは
    nudus : nūdus(adj, 服を脱いだ、貧しい)の男性単数主格
    egredietur : ēgredior(出て行く、降りる)の三人称単数未来
  • sic : 副詞=そのようにして
    denudatus : dēnudō(裸にする、略奪する)の完了受動分詞の男性単数主格
    veste : vestis(f, 服)の単数奪格
    clamabit : clāmō(叫ぶ)の三人称単数未来
  • Wafna : ワフナは、明確な定義は見当たらないが、どうやらf***に相当する部類の俗語らしい。[FKB]の注では警告や悲鳴の叫び。[ORF]ではWaffnaと綴られている。
  • quid : 副詞=何、なぜ、どのように
    fecisti : faciō(作る、なす)の二人称単数完了
    sors : sors(f, 運命)の単数主格*
    turpissima : turpis(adj, 醜い)の女性単数主格最上級
  • vite : vitā(f, 生命)の単数属格vitae
    gaudia : gaudium(n, 喜び、楽しみ)の複数対格
  • abstulisti : auferō(取り去る、奪う)の二人称単数完了

Br写本では第97葉裏の中ほどに書かれています。オルフでは第13曲です。

このあと《ものにはものを、言葉には言葉を返す》という格言詩S.196a(CB.223)を置いて、シュメラーは『カルミナ・ブラーナ』の詩を締めくくっています。批判校訂版ではさらに宗教劇が続きますが、シュメラー版では「真面目編」に収録されています。

補足

  1. カルミナ・ブラーナという名前 ^: carminaはラテン語で歌/詩を表す中性名詞carmenあるいはcarminumの複数形、Buranaはベネディクトボイエルン修道院の地の古名Buronのラテン名Bura(地名は多くの場合第1変化女性名詞になる)に形容詞化接尾辞を加えた中性複数主格で、「ブロン/ブーラの歌集」を意味します。

    修道院の歴史と名称

    写本冊子が発見されたのはベネディクトボイエルン修道院(Kloster Benediktbeuern)です。[Weber]などによれば、この地にはまず725年にStation Buron(ブロン宿場)が、山を越えて南に向かう街道の入口として築かれ、739年にボニファティウスによって修道院が建てられます。その後カール大帝から聖ベネディクトの聖腕が与えられ、ブロン修道院はラテン名でBenedictoburanumと呼ばれるようになりました。

    15~19世紀の欧州の古書に現れる地名・人名を収集した欧州研究図書館コンソーシアムのシソーラスを見ると、修道院名はBenediktbeuernのほかにMonasterium Buria/Bura/Buronense/Buranusなどと多様に綴られていたことが分かります。1700年ごろにKarl Meichelbeckが著した編年史Chronicon Benedictoburanumでも、当時の地名の書き方はBura、Buein、Bubinなどさまざまだったとして十数通りも例を挙げています。

    写本とシュメラーのタイトル

    出版にあたってシュメラーは、ラテン語で「ブロン/ブーラの歌集」を意味するCarmina Buranaというタイトルを与えました。また写本冊子そのものは、Codex Buranus(ブロン/ブーラの写本、すなわちBr写本)と呼ばれました。codexはラテン語で本(写本)を表す男性名詞、Buranusは形容詞の男性単数主格です。シュメラー本では、16ページごとに(折り単位で?)Codex Buran.という省略形がページ下部に記されています。

    Brostのドイツ語対訳版はサブタイトルを「漂泊詩人の歌」とした上で(第2版まではメインタイトルもCarmina Buranaを用いず)、後書きで《これらの詩の多くは他の写本にも見られるしベネディクトボイエルンで書かれたわけでもないので「ベネディクトボイエルンの歌」とは呼べない》としています[Brost]。なお英Wikipediaはこれを典拠にしながら、(独Wikipediaを誤読したのか)歌集がベネディクトボイエルン由来で“ない”という誤解を招くタイトルだと、話を逆転させてしまっています。

    地名の由来

    [永野]の巻末解説の注では、建物/住宅を表すBur(r)ren/Bur(i)nと聖ベネディクトとの合成でBenedictoburanum=Benediktbeuern=「聖ベネディクトの家」だとされ、[Weber]も《古ドイツ語の"buron"は農民の集落を表すので、Benedictoburanumは実のところ「聖ベネディクトの家/場所」という意味しかない。もっとも実際にはみな石造の建物だけれど》と述べています。独Wikipediaによれば地名の基根語(たとえば-bergなら山といったあれ)として-beuern、-beuren、-beuronなどが古高ドイツ語のbur(小さな家/鳥かごなど)由来だそうです。

    また[Fliz]によれば、Beuernという名前はタキトゥスの「ゲルマニア」に出てくるBurier(第45章とされているけれどおそらく第43章のBuri=ブリ族のことで、ドイツ語訳でBurierになっている)の居留地としていくつか見いだされるということです。Burierの語源は、ギリシャ語で牛の尾を表すβοός ουρά(boos oyra)から来たBura、Buriに繋がるのだろうとしています(ラテン語でburaは牛馬に引かせる犂を意味します)。

    “ボイレン”は別の場所

    Meichelbeckの編年史は、聖ベネディクトを冠した名前になったのはオットーボイレン(Ottobeuren/Ottobeyrn、やはり修道院で知られる)など数多くある"Beurn"系の地名と区別するためでもあった、としています。つまりこれは固有名詞として「ベネディクトボイエルン」(最近の地図や旅行ガイドでは「ベネディクトボイアーン」)なのであり、「ベネディクト会のボイエルン修道院」などの意味ではないのです。高田馬場を「高田の馬場」としたらむしろ混乱しますし、ケンブリッジ(Cambridge)を「カム川(Cam)の橋(Bridge)」と言ったりはしないでしょう?(さらに言えば、ここでのベネディクトは聖人の名であって、修道会派を指すものではありません。写本発見のきっかけとなった1803年の世俗化によりベネディクト会の修道院としてはいったん解散しており、1930年からはサレジオ会の施設となっています)

    実際に、ベネディクトを冠しないBeuern(ボイエルン/ボイアーン)という名の町もあり、GeoNamesで調べるとフランクフルト北部とミュンヘン西部に見つかります。近い方でもBenediktbeuernとは車で1時間ほど離れた別の町です。

    また、しばしば写本の故郷として誤って名前を挙げられるボイレン修道院はずっと北、車で5時間以上離れたところにあります(BeurenはGeoNamesでは30以上の場所が示されます)。さらにときおり見かけるボイロン(Beuron)修道院は西に3時間半ほどのところにあり、こちらはかなり有名です。いずれも実在の別の修道院ですから、あいまいな聞きかじりでカルミナ・ブラーナと結びつけないようにしましょう。

    ボイレンといえば、BenediktbeuernはBenediktbeurenと誤記されることもあります。1文字の入れ替わりはありがちな書き間違いで、しかも上記のように歴史的にはさまざまな表記があったので、そうした表記の揺れの範囲かもしれません。しかし現在の名称は前者であり、シュメラーが出版したカルミナ・ブラーナでも同じ(ただしBenedictbeuern)であることを踏まえれば、あえて後者を使う理由はありません。

    (-renにしても-ernにしても、eはごく軽く発音されるので、当地の人々にしてみれば音としては両者は同じようなものかも知れず、あまり目くじらを立てても仕方ないとも言えます。とはいえ上述の通り固有名詞の表記として使い分けられていることも事実であり、無用な混乱を避けるためにもベネディクトボイエルンとするのが望ましいでしょう)

  2. 関連写本 ^: 批判校訂版では比較参照した写本として、英国博物館Arundel 384(略号A)、ケンブリッジ大コーパス・クリスティ・カレッジMS 450(同C)、フランス国立図書館Fonds latin 11867(同P)、ケンブリッジ大図書館MS Ff.1.17.1(同Ca)、同ボドリアン図書館Digby 166(同D)、Digby 53(同Di)など18の資料が挙げられています。

    批判校訂版の写本(手稿)略号ではCodex Branus(C.B.)はBとされ、他の文献でもB.として参照されているので、本稿でもいったんB写本という記述を使ったのですが、ミンネザングの研究資料においては、C.B.は通常写本M(MS M)と呼ばれ、写本Bはワインガルテン写本と呼ばれるものを指すので、混乱を避けるためにBr写本に改めました([丑田74]ではC.B.を「所謂B写本」としていますが…)。ちなみにこの場合、写本A/写本Cは小/大ハイデルベルク歌謡写本(後者=マネッセ写本)のことだそうです。

  3. フォルトゥーナとその挿画 ^: フォルトゥーナはローマ神話に伝えられる運命の女神で、カルミナ・ブラーナでも何度も(固有名詞として9の詩、小文字も含めると16の詩に)登場します。Br写本の1葉目表には、運命の輪を回すフォルトゥーナの擬人像が描かれています(機会の神オッカシオと混同されて、前髪のみで後ろ髪がない姿で描かれることもあります)。

    上の図で輪の周りに描かれた4人には、左から時計回りに「私は統治するだろう/私は統治する/私は統治していた/私に統治権はない」と立場の推移が書き添えられています(批判校訂版ではCB.18aとして本文に採録。ここで用いられるregnoは国王などが統治/支配することで、フォルトゥーナが世界をimpero=支配/命令するのではないことに注意)。S.Iの「貧困をして/権力をして/溶かしてしまう」やS.LXXVIIの「幸せで栄えていた/今は最高から転落して」「私は降りて小さくなって/他の者が高みに持ち上げられる」、あるいはS.LXXV(CB.14)の「貴族を倒しみじめにし/貧者を富ませ貴族にする」などはみな、“運命の車輪が回転すると、底辺のものが上に登り、頂点にいたものが下に落ちる”ことを表現しています。

    人間は気紛れな運命に翻弄され逆らえないことを示すわけですが、これらの詩のテキストからは盛者必衰という考えが強く感じられ、抑圧され搾取されていた中世の民が、支配者の没落を運命に託すということでもあったでしょう。酒を飲みながら権力を揶揄し、お前たちいずれは運命によって振り落とされるんだぞ、という感じです。S.175に出てくる現実と逆転した楽園Cucaniensis(コケイン)とも通じるものがあるかもしれません。

    一方でたとえばS.174では「飲み干せ、サイコロ神を信じて/なぜなら酒は知っての通り/フォルトゥーナが旗印」と書かれ、最初はつきをもたらしてくれるけれども最後はそっぽを向いてしまうといった様も描かれており、庶民にとっては(気まぐれながらも)運の神であったことも伺えます。ちなみにここで登場するサイコロ神(Decio)は、S.175聖サイコロ様(secta Decii)と同じですね。

  4. Br写本の順序 ^: メイヤーらの研究で、現存するBr写本羊皮紙では43葉目が最も古いもので、その前にあったはずの羊皮紙は紛失してしまったとされました。この羊皮紙の先頭にあるS.LXVIは、シュメラー版でもFragmentumとされていますが、校訂版では他の資料から詩全体を復元してCB.1とし、S.LXVIはその第6節になっています。

    校訂版との順序を照らし合わせると、羊皮紙の43~48葉目が本来は最初に置かれるはずのものだったということになります。[Parlett]は、フォルトゥーナの挿画の印象が非常に強いので、羊皮紙を綴じ合わせたときにそれを先頭に置いたのではないかと推定しています。

    また49葉裏から始まるS.81/CB.96は、第3節の途中で次のページに進むつながりがおかしく、シュメラーも...†としています。校訂版ではここに73葉表82葉裏が入るべきと判断して、49葉裏のCB.96は第3節までで打ち切り、50葉表(S.81の第4節以降)を82葉裏のS.169(断片)に続けてCB.118としました(さらにS.81の第9節Tua pulchra...を第2節に移動しています。結果としてS.81第4節=CB.118第3節。ただし[永野]は82葉裏を第1節としつつ、Tua pulchra...はそのまま最後に置いています)。

    この挿入の結果、S.CXLVIII(148)~S.CLIII(153)、S.154S.169がそれぞれCB.97~CB.102、CB.103~CB.118に対応します。シュメラー版では「真面目編」の前者はギリシャを舞台にした叙事詩や悲歌で、校訂版の並びではやや異質な感じになっています。

    写本の順序については、校訂版の補遺に関する注も参照してください。

  5. 大受難劇 ^: 中世においては、キリスト教会内の儀式から発展した復活祭劇が行なわれるようになり、さらにその前段としてエルサレム入城から裁判、十字架上の死も描かれる受難劇が生まれました。初期には教会内でラテン語で行なわれていた宗教劇も、受難劇の頃になると話が複雑化してドイツ語など土地の言葉が混じるようになり、登場人物にも僧侶だけでなく旅芸人を加え、教会前の広場などに舞台が移っていきます。

    カルミナ・ブラーナに収録されているベネディクトボイエルン受難劇(Benediktbeurer Passionsspiel)は、台本が残っている受難劇としては最古のものです。Br写本にはS.CCIII/CB.16*の他にもっと短いS.LXXIVa/CB.13*も含まれ、前者はGroßes、後者はKleines(小受難劇)と呼ばれています。中でもこの大受難劇におけるマグダラのマリアの場面は、ドイツ語の利用やマリアの扱いなど論点が少なくありません

    またドイツ南部からチロル地方にかけてはこの伝統を受け継いだ受難劇が現在も行なわれており、10年に1度開催されるオーバーアマガウの受難劇は特に有名です。

  6. 校訂版の補遺 ^: 批判校訂版では、メイヤーによる追加断片など他と比べて時代が新しいもの26編を「補遺」として別にまとめ、番号を1から振り直しました(区別のためにアスタリスクを付与してCB.1*などとされてます)。これらの内訳は次のとおりです。

    CB補遺S.番号Br写本内容
    1*-49葉表写本で削り取られたような状態になっている「聖エラスムスへの祈り」
    2*~4*94a, 95, XCVI54葉表~55葉表前後の羊皮紙に比べて新しい
    5*CC100葉裏余白に(あとで)書き込まれている
    6*CCI105葉表おそらく余っていた上半分に後から書き込まれた
    7*~15*--メイヤーが発見した断片の第1葉~第6葉。CB.8*はCB.111と同一(ただし対応するS.162と比べると、2倍ほどの長さ)
    16*~25* CCIII~CCVII 107葉~102葉 新しい羊皮紙が一緒にBr写本として綴じられていたもの。111葉表後半のCB.18*、112葉裏のCB.24*,25*はシュメラーは採録していない(112葉裏先頭のCB.23*はなぜかS.CCIIIの最後)
    26*--メイヤーが発見した断片の第7葉
  7. 歌の復元とネウマ ^: シュメラーの巻末付録では、accentibus sive notis musicis ornata(アクセントもしくは音符の装飾)を持っているものとして47の詩を列挙しています。カルミナ・ブラーナに付与されているネウマは、グレゴリオ聖歌などでよく見かける四角ネウマではなく、音の合図(身振り)を書きとめた図形によるもの(古ネウマ)で、音が高いヴィルガ()や低い(あるいは軽い)プンクトゥム()、高い→低いの2音となるクリヴィス()などで示されます。譜線がないため正確な音高をつかむことはできませんが、これらの音楽を最初に復元演奏したビンクリーによれば、13世紀パリ楽派(ノートル・ダム楽派)の写本に含まれる同じ曲の四角ネウマと校合することで、かなり正確に再現ができたということです[Binkley]。いくつか例を挙げてみます。

    S.CCIII/CB.16*. Primitus producatur PilatusのChramer...の部分

    大まかにネウマを写し取ってみると、次のような感じです。

    Chramer gip die varwe mier div min wenνgel roete

    ビンクリー+ミュンヘン古楽スタジオは、これを次のような旋律として歌っています。wengelのwenに付けられているのは、ポレクトゥスですね。

    S.106/CB.143. Ecce gratumの冒頭

    ネウマは次のようになるでしょう。

    Ecce gratum et optatum ver reducit gaudia

    たとえばビンクリー+ミュンヘン古楽スタジオの解釈は、これを次のような旋律として歌っています。reducitのreに付けられているのは、斜線の下に点がつくスカンディスクと読んでいるようですね。

    S.140/CB.179. Tempus est iocundumの冒頭

    ヴィルガの形が少し異なりますが、おおむね次のようなネウマになりそうです。

    Tempus est iocundum o virgines modo congaudete vos iuvenes

    ビンクリー+ミュンヘン古楽スタジオピケット+ニュー・ロンドン・コンソートも(音高は異なるものの)ほぼ同様で、次のように歌っています。

    conに付されたネウマが、Br写本ではヴィルガのようにも見えるのですが、プンクトゥムのように扱っています。

    S.141/CB.180. O mi dilectissimaのリフレイン

    おおむね次のようなネウマです。

    Manda liet manda liet min geselle chumet niet

    コーエン+ボストン・カメラータが、次のように歌っています。

    ネウマなし

    また、簡単なアクセントが示されているだけでネウマがあるとは言えないような詩についても、別の伝承などから旋律が復元されているものもあります。たとえばS.175/CB.196. In taberna quando sumusクレマンシック・コンソートが演奏している旋律は、ピケットやファクトゥム・アルテによる演奏でも同じものが使われています。

    [Clemencic]では、仏ボーヴェ由来の英国博物館所蔵写本Egerton 2615を資料として挙げています(残念ながら公開されている画像には該当ページが含まれていませんが、雰囲気は伝わります)。

  8. ドイツ語詩 ^: [丑田74][丑田74-2]はカルミナ・ブラーナに含まれる58のドイツ語詩を全て取り上げて紹介していますが、そのうち補遺に含まれる6点を除くと枝番号のない独立した扱いの詩は5点のみで、ほかはすべてS.99a(CB.136a)のような形で、別の詩とセットで筆写されています。またこのうち48点が恋の歌であることは、カルミナ・ブラーナ全体でも2/3がここに分類されるとはいえ、ドイツ中世文学のジャンルに関係すると考察されています。これらの多くは別の写本にも含まれて、作者もある程度知られているということです。

試訳について

原語との対応関係を重視し、語順は原則としてそのままの直訳としました。中世ラテン語詩は古典の長短格ではなく強弱格を取り、また脚韻を頻繁に用いるようになります[sebasta, 丑田74]。試訳では語尾をその脚韻に対応させるため、文法上の品詞とは違う訳語だったりつながりが悪くなったりしている場合があります。

テキストはカール・オルフ作曲の「カルミナ・ブラーナ」にも用いられているシュメラー版を基本としました(本稿はオルフの曲の歌詞とは選択/配列が異なりますが、該当する箇所の試訳にあたっては、この曲において歌うテキストであることを重視しました。なおオルフが加えたAhなどの間投詞は、原則として詩のテキストには含めていません。また感嘆符など基本的に写本にはない記号は、校訂版およびオルフによる歌詩も参考にしながら取捨選択しました)。

ラテン語と他の言語が混在している詩(S.81S.112S.138S.141)では、ラテン語でない部分の訳はカタカナで表記し、原文をイタリックにしています。全てラテン語以外で書かれた詩(S.CCIIIS.108aS.129a)は、ラテン語の曲と同じく普通に表記しました。リフレインは、シュメラー版では2回目以降は最初の1行のみで略記されていますが、原則として略さず記述しています。

参考文献

文中の参照先は各著者の姓で示していますが、共/編著の場合や略号を用いたものは、以下の各項目の先頭に[]で示しています。