ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲

ルトスワフスキの「管弦楽のための協奏曲」を演奏した機会に、曲の構成や民謡素材について調べたことをまとめたものです(ポーランド語の方言(?)はよく分からないので、民謡の内容については正確ではない部分があるかもしれません)

曲の概要

曲名
管弦楽のための協奏曲 / Concerto for Orchestra / Koncert na orkiestrę
作曲時期
1950/1954
初演
1954-11-26@ワルシャワ
楽章構成
  1. 第1楽章: Intrada
  2. 第2楽章: Capriccio notturno ed Arioso
  3. 第3楽章: Passacaglia, Toccata e Corale
編成
Fl:3; Picc:(2); Ob:3; Ehr:(1); Cl:3; Bcl:(1); Fg:3; Cfg:(1); Hr:4; Tp:4; Trb:4; Tub:1; Timp; Perc:3; Pf; Cel; Hp:2; Str
ノート

ルトスワフスキは12音和声[1]や偶然性[2]を駆使した作品で知られています。しかしスターリン影響下のポーランドで、第1交響曲に“形式主義”の烙印を押されてしまった若き作曲家は、映画や放送のための「機能音楽」を作曲するしかありませんでした。1950年に作曲委嘱を受けると、この苦悩の時期に培った技法と民謡素材[3]を作品に巧みに取り入れて「管弦楽のための協奏曲」を仕上げるのです。華麗なかっこよさから人気を博する一方、後期につながる要素も多数含んでおり、ルトスワフスキはこの曲を「私の最重要作品の一つに含めない訳にはいかない」と述べています。

各楽章の詳細

第1楽章:Intrada

低音楽器が保持するF♯音に乗って、民謡「これは誰の馬?」[4]に基づく主題をチェロ(Vc)が力強く奏で始めます(A主題譜例の次に示している楽譜はKolberg編纂資料の民謡譜です。以下同様)。主題は五度ずつ転調しながら高音楽器に受け継がれて行きます。

ffに達したところで、鋭く半音上昇して減衰する動機が現れます。これは2小節後にホルン(Hr)が奏する「ミファレド」音形と合わせて、別の民謡「私を置いてどこへ行くの、ワルシエニエクさん」[5]から取られたものです(B)。

しばらくすると弦楽器、続いて金管が鐘の響きのような分散和音で下降し、「春の祭典」を思わせる激しいリズムのF音とトロンボーン(Trb)の荒々しいB音が増四度のトライトーンでせめぎ合います(C)。

これらが調を変えて拡大しつつB'-C'-B"と巡回し、Aが戻ります。今度は高音群が持続するF♯を受け持ち、主題も上から四度ずつ下方向へ。最後は静かな嬰ヘ長調の和音で消え入るように閉じられます。

第2楽章:Capriccio notturno ed Arioso

速い3/4拍子のppで弦楽器が細かく動く主題(D)で始まります。基調はB♭。メンデルスゾーンやベルリオーズのスケルツォを思わせる、軽快で洒脱な音楽です。

続いて8分音符和音反復と休符が交錯する主題(E)が聞こえます(素材は民謡「ドナウに飛び込んだカジア」です[6])。2つの和音を異なる音域に配置して同時に鳴らす響きは、のちの12音和声につながるものでしょう。

これらが繰り返された後、ぐっとテンポを落として9/4拍子のアリオーソ。F♯を軸に始まる旋律をトランペット(Tp)のユニゾンが朗々と歌い、他の楽器に広がって行きます(F)。これも民謡「私は灰色の鳩になる」[7]によりますが、核となる音程以外ほとんど原型をとどめていません。この旋律に楔を打ち込むように、鋭いジクザグ進行の断片(ζ)が対置されています。

半音階的に上昇するバスの上に民謡素材の後半を用いた旋律が重ねられてクライマックスに至り、アリオーソ冒頭の旋律を木管が歌いながら静まって行きます。再び急速な3/4拍子となって、今度はE♭を基調にD、そしてEの主題が戻り、最後はB♭上でコントラバス(Cb)のE主題と打楽器が掛け合い締めくくります。

第3楽章:Passacaglia, Toccata e Corale

第3楽章は全体の半分以上を占める規模で、ルトスワフスキ後期に顕著となる終楽章重視(導入楽章―メイン楽章)の構成となっています。この楽章は2つの部分から成るので、全体として実質的な4楽章形式とみる研究者もいます。

前半の扉を開くのはニ長調のパッサカリア主題(G)。Cbのピチカートによる断片から始まる8小節の主題は、楽器を楽器を組み換え徐々に重心を上に移動しながら18回反復されます(素材となった民謡「何て不思議な妻なんだ」は妻が18人いる話だからでしょうか[8])。

主題の4回目からは、その上でイングリッシュホルン(Ehr)から始まる12の変奏(あるいはエピソード)[9]が、協奏曲の名に相応しい力技も織りまぜて繰り広げられます(第1変奏には第2楽章アリオーソのジグザグ進行ζの姿も見えます)。主題と変奏は入りがずれて鎖のように互い違いに絡みあいます(後にルトスワフスキがしばしば用いた「チェイン技法」の原型です)。両者の入りが一致するのは主題11回目=第7変奏(練習番号55)と主題15回目=第11変奏(練習番号59)で、いずれもテンポが変化し、パッサカリアにおける節目となっています。

パッサカリア主題がバイオリン(Vn)のハーモニクスで消えて行くと、後半はアレグロのトッカータ。同じ「何て不思議な妻なんだ」の旋律による新たな主題がF♯の上で力強く打ち出されます(H)。

ややテンポを速めて長音符+シンコペーションの形をとる対照的な第2主題(I)は、実は第1楽章Bの変形です。

さらにテンポを増して2/2拍子となる部分(J)は、トッカータ主題の変形(展開)とも思われますが、Thomasによれば素材となる民謡が見出されたとのことで[10]、第3の主題と捉えるべきなのかもしれません(が、この先この素材が展開されることはありません。Stuckyは第2主題の第2部としています…)。

2つの主題の素材が改めて順に扱われたところで音楽が静まり、オーボエ(Ob)とクラリネット(Cl)の穏やかなコラール(K)が聞こえてきます。フルート(Fl)の優美な対旋律(L)はさらに別の民謡[11]から(この民謡素材は、トッカータ主題に対する低音に既に現れていました)。

コラールが金管、弦へと移った後はこの対旋律Lが中心となって展開され、トッカータの冒頭が(ただし異なる調で)回帰します。再現部かと思いきや、Trbが主題を3拍子で変奏するのを皮切りに、第2展開部のような華々しいコーダに突入。

楽章の主要素材をさまざまな姿で料理しながらテンポを速めて行きます。第1楽章Bが劇的に呼び戻され、コラールを輝かしく回想し、最後はトッカータ主題が一気に上昇して冒頭と同じF♯の強奏で幕を閉じます。

補足

  1. 12音和声 ^: シェーンベルクらの十二音技法のような音列(旋律)に12音を使うものではなく、12音を同時に鳴らす和音のこと。12の音の異なる配置、たとえば二度のペアを五度間隔で配置したり、三度ずつ重ねた4音の固まりを四度間隔で配置する、あるいは異なる間隔で重ねた4音の固まり3つを組み合わせる、といった方法でさまざまな響きを作り出します。オケコンのすぐ後、5つの歌(1957)、葬送の音楽(1958)から始まって、ルトスワフスキの中期を特徴付ける技法の一つになっています。[Rae, pp.49-57]で詳しく分析されています。

  2. 偶然性 ^: 1960年にジョン・ケージのピアノ協奏曲を聞いたことをきっかけとして、偶然性を取り入れるようになります。ここでの偶然性はchance(たまたまめぐり合わせで生じる)ではなくaleatory(不確定な)だということで、ルトスワフスキはこれを「大まかな結果は決められているけれども、細部は偶然に委ねられるような手順」と説明しています。指揮者はセクションのキューを出し、奏者は次のキューまでの間にそれぞれのテンポや繰り返しでセクションの音を奏する、といった形になります。ベネチアの遊び(1961)に始まり、弦楽四重奏曲(1965)、交響曲第2番(1966)などに用いられています[Rae, pp.75-79]。

  3. 民謡素材 ^: Kolbergが編纂したマゾヴィア地方(ワルシャワを含むポーランドの中央やや東寄りの地域。マズルカの発祥の地でもある)の民謡集から取られています。素材となった民謡はZofia Lissaが1956年の論文Koncert na orkiestrę Witolda Lutosławskiegoで6つを同定し、Stuckyはそれに2つを加えて8つの素材を紹介しています[Stucky, p.49ff]。またAdrian Thomasは2002年の調査でさらに3つが判明して11の素材がある(ただしその1つは最終稿でかなりカットされている)としており、さらにルトスワフスキはIrina Nikolskaとの対話で「音楽学者が見逃している民謡素材がいくつもある」と述べているそうです[Thomas]。

    ルトスワフスキは困難な時期に「小組曲」「ブコリクス」などの民謡に基づく曲を作曲したり、「機能音楽」に民謡を取り入れたりしていました。ここで得たスタイルは、それ自体大したものではなくても「いつか本格的作品に取り入れる可能性がないでもなかろう」と考えていたということで、1950年に作曲委嘱を受けた際に用いることになります。「管弦楽のための協奏曲」においては、民謡はそのままの形ではなく素材として用いられ、ときにはほとんど原型をとどめなくなっています(バルトークとの違いとして指摘される点です)。ルトスワフスキは「民謡主題を利用するという私の可能性はこの曲でほとんど使い尽くしてしまったように思われる。協奏曲以降、私が民謡をベースに書いたのは“ダンス・プレリュード”1曲のみだ」と述べています[Nordwall, pp.33-35]。

  4. これは誰の馬 ^: ワルシャワの南東、チェルスクの民謡です[Kolberg:2-#421]。kunikiはポーランドの小型馬konikの変化形でしょう。Youtubeでは"Cyje to koniki"とか"A cyje to konie"というタイトルでポーランド民謡が投稿されていますが、それぞれ違う地方のもので、ここでの題材になった民謡とは別のようです。

    弦楽器各パートの4ソリが対旋律的に奏でる旋律(上から下がってくるパターン)はこの主題の変奏のようにも思えますが、Oj napij my się wujka(おれたちは飲むよおじさん)という別の民謡[Kolberg:2-#463]だそうです。

    またThomasは25小節目あたりから加わる16分音符の別の対旋律も、民謡Miałem dziewcząt osiemnaicie(私は18歳の乙女)[Kolberg:2-#673]の最後の2小節から取られていると主張しています。こうした部分を「自由に作曲するのではなく民謡から見つけるという困難に取り組んでいるのは、彼の注意深い職人技と主題統合に対する誇りの証だ」ということです[Thomas]。

  5. ワルシエニエクさん ^: ワルシャワの南、プラジムフの民謡です[Kolberg:2-#10]。甘いものを食べてらっしゃい(恋人に逢っておいで)という歌のようです(たぶん)。第3楽章でも用いられて、特に終盤では強い印象を与えます。「ミファレド」音形は、ショスタコーヴィチの「レミドシ」を思わせるという人もいますが、どうでしょう。ルトスワフスキは彼について「意見を述べるほどの知識はない」とやや距離をおき、その作品においてはユーモアとグロテスクさが際立ち重要なので交響曲第9番が最も好きで「最初の音から最後の音まで傑作」だと述べています[Skowron07, pp.197-198]。

  6. ドナウに飛び込んだカジア ^: ワルシャワの北東、ザンブルフの民謡です[Kolberg:5-#333]。これ以外の民謡はKolbergの第2巻から取られていますが、これのみ第5巻に収録されています。カジアという名の娘(女中?)がドナウ川に飛び込んで、溺れたのか、いやそうじゃない、釣り竿でつかまえろ、という感じの歌詞のようです(たぶん)。ここでは民謡の最初の2小節が休符や反復を含んで4小節に拡大され、さらにそのリズムの要素が展開されて行きます。

  7. 灰色の鳩になる ^: ワルシャワのツェルニアクフの民謡[Kolberg:2-#131]で、鳩になって飛び回るとか、魚になって川を下るとか、星になって空を行くといった空想的内容が歌われます(たぶん)。Tpに始まる旋律は、民謡の前半4小節の音程を核にして装飾的な音を多数加えて構成されています。民謡の後半4小節は、クライマックスの前(練習番号37)にかなり原型に近い形で用いられます。

  8. 何て不思議な妻 ^: ワルシャワ南西のスキェルニェヴィツェの民謡[Kolberg:2-#43]で、[Augustyn]によれば18人の妻がいる英雄の空想上の後宮での連祷だということですが、歌詞では最初の7人はひとまとめで、8番目から18番目の妻が牛の乳を絞ったり床にいたりという具合に順番に歌われて行きます(たぶん)。

  9. 変奏あるいはエピソード ^: パッサカリア主題の上で展開される対比セクションを、Stuckyは変奏(variation)と呼んで12あるとしています[Stucky, pp.54-55]が、Raeはエピソードと呼び、Ehrの前に主題3回めの途中からピアノ(Pf)が奏でる6連符のパッセージも含め全部で13としています[Rae, pp.42-44]。Raeは、それぞれのエピソードは自由に作曲されていて互いの関連性は薄く、変奏という表現は誤解を与えると主張していますが、本稿では表記を簡潔にするために「変奏」を用いておきます。

  10. 松の木の下で ^: 2002年にワルシャワのルトスワフスキ宅で「民謡素材」のフォルダが見つかり、その中にKolbergの民謡集から31の歌と21のダンスを書き写した五線紙が含まれていたということです。そこにはStuckyらが指摘している民謡素材とともにこのPod borem sośna(松の木の下で)[Kolberg:2-#22]が記されており、確かにこれは練習番号69の中低弦に始まるリズミックな旋律と一致しています[Thomas]。

  11. 砂遊び歌 ^: チェルスクの民謡[Kolberg:2-#103]で、砂遊びの粉ひき機を回しながら言葉遊びをしている歌詞のようですが、うまく訳せていません。(Na piasecku młynecek, na piasecku licber nacber łup cup ceber.)

参考文献

主に参考にした文献: