花火 第3回演奏会プログラムノート

バルトーク:弦楽のためのディヴェルティメント

文:バルトークの四重奏曲に取り付かれた破滅的ヴィオラ奏者

バルトークという作曲家について、なじみのない方は現代音楽の代表のような印象を抱いていらっしゃるかもしれません。最初に一言申し上げますが、筆者にとってバルトークは「古典的」です。

彼の作品は、同郷の作曲家コダーイとともに収集をおこなった民俗音楽から転用された音素材、あるいは20世紀前半に使われはじめた微分音などの新しい音素材を駆使していること、また楽曲形式の上でも、黄金分割に基づいたアーチ構造など、オリジナルな形式をつくりあげていることなどから、同時代の多くの作曲家と比較しても、最も先進的な作曲家であると言えます。しかし一方で彼の作品は、楽曲形態を考えて見ますと、弦楽四重奏曲(偉大な6曲)、合奏協奏曲(有名な「管弦楽のための協奏曲」)、ピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲、そしてヴィオラ奏者にとっての至宝(筆者もしがないヴィオラ奏者です)、未完のヴィオラ協奏曲など、「古典的」といえる形式を守って作曲されている曲が大部分を占めます。このように彼の創作では「楽曲形式」というものが作曲の根本的構成原理になっている、この点で彼は「古典的」作曲家であると感じます。

「弦楽のためのディヴェルティメント」も、みごとに「古典的」な作品です。楽曲構造は、ソナタ形式(と考えてよいと思います)の第1楽章、3部形式の緩徐楽章である第2楽章、ロンド・フィナーレの第3楽章で成り立っています。モーツアルトなどの古典派から受け継がれる伝統的な「喜遊曲」です。

また、曲は合奏協奏曲のようなスタイルで書かれています。どの楽章でもそれぞれの楽器のソリストが大活躍をし、その他大勢はその盛り立て役、という立場になっております(特に第3楽章はソリストの人たちは休む暇がありません)。

第1楽章は「いかにも」なセカンドヴァイオリン以下のきざみで開始されます。すぐにファーストヴァイオリンがこれまた「いかにも」な第1主題で登場してきます。快活で、ちょっとクセのある、魅力的な旋律です。第2主題は一転してちょっとおちついた感じの旋律で、ソリストと合奏が交互に演奏します。この部分は8/8拍子で開始されますが、普通の8拍子ではなく3+3+2拍子です。このあと拍子は6/8、7/8、9/8と目まぐるしく変化します。しかし聞いている限りではあまり「変拍子」ということを意識しないことでしょう。自然に耳に入ってくるリズムだと思います(演奏している者にとっては、結構厄介なのですが)。

主題の提示後は展開部を経て再現部へと、ソナタ形式を守って楽曲は進行します。第1主題の再現は、かなり省略されているようです。第2主題はきっちりと再現されますが、相変わらずの変拍子です。チェロの高音域でのソロが、当団の代表であらされる大嶋氏によって開始されますと、楽曲はコーダに入ります。この部分はこの楽章のながで最も美しい部分であると思います。第1主題の名残がヴァイオリンで奏でられ、力を失いつつこの楽章は終了します。

バルトークの緩徐楽章は「夜曲」です。「夜曲」といっても、「アイネクライネ」やマーラーの第7の2, 4楽章のような浪漫的「夜曲」ではなく、もっとミステリアスで神秘的、暗闇の底に人が知りえない未知の恐怖が潜んでいる、そんな「夜」の曲です。第4弦楽四重奏の第3楽章や大傑作である「弦、打楽器、チェレスタのための音楽」の第3楽章、ピアノ協奏曲第3番の神秘的な第2楽章など、代表作といわれる曲の緩徐楽章はすべて「夜曲」だと思います。

第2楽章もそのような「夜曲」です。弱音器をつけたヴィオラ、チェロ、コントラバスの怪しいゆったりとした動きの上に、セカンドヴァイオリンが怪しい旋律を奏でます。何が一番怪しいかというと、この部分は音程が怪しいのです。決して演奏者の責任ばかりではありません。バルトークの記譜が非常に普通でなく、きわめてとり難い音程で記載されているのです。

高音域のDの音程が、あたかも暗闇をきりさく野鳥の叫びのように奏されるところから中間部となります。その後ヴィオラ以下による重々しい旋律(葬送行進曲のようです)が登場します。

冒頭の主題の再現は、ヴィオラ、チェロの8分音符にコントラバスが3連符で絡むという、ますます怪しさを増した伴奏を伴い、ファーストヴァイオリンとセカンドヴァイオリンがオクターブで演奏します。クライマックスを迎え、音楽は次第に静寂へ、終結へと向かいますが、最後に一声「野鳥の叫び」が夜を切り裂き、その余韻のなかで曲が終結します。

このような「夜曲」を、美しいと思うようになれば、あなたももうバルトークの虜です。

第3楽章は快活なロンドです。序奏のあと、各楽器のソロで主題が提示されます。とても親しみやすいメロディーだと思います。ソロと合奏が目まぐるしく交代しながら交互に主題を演奏し、曲は中間部へと進みます。この部分はフーガとして書かれています。バルトークのロンド形式には中間部によくフーガが現れてくるように思います(オケコンの5楽章とか、ピアノ協奏曲第3番の3楽章とか)。

フーガのあと、コンサートマスターのカデンツァが華々しく奏します。全曲の最高の見所でしょう。これはジプシーヴァイオリンを模倣したフレーズです。

この後曲は激しさを増していきます。ロンドの主題は様々に変形して、あるときはソロに、またあるときは合奏に登場してきます。やがて音楽が一段落すると、主題はピッツカートによって、まったく全音音階的に登場します、ヴィオラがそこにグリッサンドでからんできます。このあたりは第5四重奏曲の第5楽章を思い出させます。主題はさらに変形・変性しテンポを増して演奏されます。チェロとコントラバスのいわゆる「バルトーク・ピッツカート」の激しい響きのあと、序奏の音形が急速に演奏され、曲はかなり唐突に終了します。オケコンの第5楽章の初版や、第4四重奏曲の5楽章などもこんな唐突な終わり方です。バルトークの特徴的終結方法といえるかもしれません。

バルトークの作品は思われているほど難解なものではありません。聞いていて「楽しい」「美しい」と思える曲も多く、また技術的は困難な曲が多い(本曲などはおそらく簡単な部類でしょう)のですが、高度なアンサンブル力(と個々の演奏家の技量)があれば十分演奏を楽しむこともできるでしょう(ということで大嶋代表、第6四重奏曲また練習しましょう)