ブラームス(a.k.a.)の交響曲

何となく弾けそうで実はきちんと弾けない、近くて遠いブラームス。いい加減に弾き散らさないで、丁寧に取り組みたいものです。

交響曲一覧

#調作品番号作曲時期楽章FlObClFgCfgHrTpTbTub備考
1cop.6818764: sf-s-f-ssf22221423
2Dop.7318774: f-s-sf-f22224231
3Fop.9018834: fs-s-f-fs22221423
4eop.981884/854: f-s-f-f22221423

楽章のテンポ構造をfast, slow, menuettoで表示

背景など

ベートーベン以降、交響曲は「最高かつ完璧な器楽作品」(E.L.ゲルバー,1813)、「器楽による最高の音楽様式」(G.W.フィンク,1838)とされ、下手な作品を書くとボロボロにこき下ろされることになって行き、シューベルトのあとは交響曲の“生産”も減少して、「交響曲の危機」(ダールハウス)を迎えます。一方ではリストやワーグナーによる「新しい音楽」が力を持ち始めていました。そんな中、シューマンに才能を称揚され、多くの批評家から注目されるブラームスが、なかなか交響曲を書けなかったのは良く知られるとおり。

1854年に着手された2台ピアノのためのニ短調ソナタは、いったん交響曲へとオーケストレーションが始められながら、最終的には1857年のピアノ協奏曲1番となります。1862年の6月にはハ短調の交響曲の1楽章を仕上げてクララ・シューマンに送っていますが、紆余曲折を経てこれが作品68として完成するのは1876年。ワーグナーが『指輪』をバイロイトで初演した、まさにその年でした。

最初の大規模作品であるドイツ・レクイエムについては、「ドイツ・レクイエムの歌詞と音楽」も参照してください。

参照文献

※入力ミスなどによる誤りが含まれる可能性があります。年月(日)はISO-8601スタイルで、1806-10は1806年10月を、1806/10は1806~1810年を示します。